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自己主張しないロック。。。タンジェリン・ドリーム

 
久しぶりに、CDを注文した。が、懐かしくも新しい音。

タンジェリン・ドリーム


タンジェリン・ドリームは、1967年から今でもやっている
ドイツのロックとシンセの音屋たちです。





親と同世代の人たちでござる。

中心人物のエドガー・フローゼ(1944年・ドイツ生まれ)は「ザ・ワンズ」を結成後
サルバドール・ダリとコラボレーションを行っている。 ザ・ワンズを解散し、
新たにタンジェリン・ドリームを結成。
1969年にメンバーを一新し、『エレクトロニック・メディテイション』をリリース。
エレクトロニクス処理を施したギター・オルガン・チェロ・フルート・ドラムなどによる
フリーミュージックを演奏している。
その後、現代音楽の作曲家トーマス・ケスラーの影響を受け、急速に電子音楽化。
1971年『アルファ・ケンタウリ』(Alpha Centauri)、1972年『ツァイト』(Zeit)、
1973年『アテム』(Atem)をリリース。いずれも現代音楽的で難解、かつ晦渋な作品だが、
1972年末のドイツの『サウンズ』誌の人気投票ではタンジェリン・ドリームが
最優秀グループに選ばれている。


こういう紹介もされとる。

70年代初頭。彼らの“自己主張しないロック”サウンドは、

革命的で早すぎた。
ロック・バンドであるのにドラム/ギター/ベースが不在、しかも、メンバー全員が
シンセサイザーを弾くという異常事態が発生。教会の大聖堂にシンセを並べ、
ロウソクを立てて繰り広げられるライヴ・パフォーマンスは大絶賛されると共に、
当然ながら大ヒンシュクも買った。
必要最小限のメロディとリズム。
そして、反復とわずかな変化。彼らの創造性は、テクノロジーの発展にともない衰退してしまうが、
その手法/方法論が後のテクノに与えた影響はあまりに大きい・・・・・・


かっちょええのである!!!!





ごらん、
自分からはなれれば
奇天烈な加工をせずとも
しと、しと、雨がふる

ほとばしり、たゆたい、瞬間だけの
この、不可視な幸せは
知性への仕打ちのように、ぼくを驚かす

あめに、指をかざす
きみの髪を、指でとく

流れゆくもの、そよぐものの包み紙の内側に秘められているのは
ぼくの虚黒なのか
世界の虚白なのか

聖なる呼応
聖なる伸長
それだけは、なんとか
いつも触れることは、できているけど




カテゴリ:音霊超越レイヴ | 14:57 | comments(0) | - | -
風土と気候が作り上げた「食」の不思議にうきき☆本『アフリカを食べる』

 

いろんなカタチの雲に魅せられつつチャリに乗っていたら、こけた。よくあることだ。



さててと。
ダチんこ憂国より届いた『農業は人類の原罪である』(新潮社/2002/ColinTudge)読了。
10分ほどで読める本だす。
結論からいうと、「え!?ちゃうやろ!」と思う箇所が多かった。残念。



この本ね、原題は『NEANDERTHALS,BANDITS AND FARMERS』なのでありまして
邦題、あかんよ。映画でもよくあるが、邦題の付け方のセンスというかまじめさというか
ないものが、ちらほらありますな。

やはり、『銃・病原菌・鉄』のほうが具体的に多角的に書かれていて良書!おすすめ。
(まだ、下巻をゆったりと読んでおります)

もう一冊、『アフリカを食べる』(朝日新聞社/1995/松本仁一)も読了。



「食」というものは、その土地の風土や気候に左右され、また長いながい年月をかけて
進化、伝播、したものであり、宗教や物事の考え方にも影響を与えてきている。
生きるために絶対に不可欠な「食」。奥深い。

朝日新聞の駐在員としてアフリカで長年生活をしてきた食い道楽な著者の
食エッセイで、アフリカのその地域ならではの「食」を紹介している。
例えば、羽あり、いもむしの唐揚げ、ミドリザル、羊の目玉、飛びバッタ、ラクダ・・・・等々
下手物のオンパレードな訳ではないので、ご安心を。

この本が書かれたのは20年弱前だし、猛烈なスピードでアフリカの食卓が変わっている国も
多いだろうと思う。そして、植民地政策の暗い影からまだ抜け出せていない国もあり。。。。
同じ地球の、緑ゆたかで食の恵まれた日本では考えることのできない日常があり
ぐるり、同じ地球なので、一生の間に、生身で触れておきたいものですね。


アパルトヘイトでは、日本人も有色人の扱い受けていたと思ったら違った・・・
興味深かったので、本書より抜粋。


南アフリカには1万人の中国がいる。ほとんどが台湾出身だ。
アパルトヘイト下で日本人は名誉白人とされ、白人地域への移住やレストラン使用が
認められていた。
しかし中国人はカラード(有色人)の扱いで、白人レストランには入れず、
白人バスにも乗れなかった。
私が地方を旅行したときも、ホテルのフロントでは必ず
「あなたは日本人か、中国人か」と聞かれた。中国人だと泊めてもらえないのだ。
顔かたちが同じなのに、なぜ彼らは差別されたのか。
日本が南ア産品の大きな得意先だったということもある。1987年には日本が
南アの貿易相手国第一位になっている。
大事な商売相手に差別待遇するわけにはいかなかったのだろう。
しかしもう一つ、中国人は住み着くからだ、という話を聞かされた。
アフリカの日本人のほとんどは大会社の駐在員だ。大学を出ており、スーツをちゃんと着て
教養があり、3,4年すれば交代していく。
中国人の多くは貧しく、教養もないまま住み着き、子供を増やし、
最底辺から粘っこく這い上がってくる。その違いが大きな理由だという説である。




ぶひぶひ。




屠殺場から、そう遠くはないところ
カラダのなかの管という管
鼓動の路が細く、狭くなって
景色が閉ざされていく
それらの、朽ちた匂いに
嗅覚が慣れていくところ

それでも、ヒューヒューと
細い管は、鳴いており
その尻尾のほうは、淫靡的だ

身を寄せあう音が響いてくるところは
裸足では歩けない楽園で
デブと紙幣で埋もれているんだって

シンセサイザーなこの場所で
聖マトリックス観覧車に乗って
きみとデートしよう
おまえとキスしよう
もしくは、絞首

首つりの輪っかの中には
うぶ毛ほどのまどろみがあるんだって

すべての、ぶらさがりの
ワイヤーで出来ている、
ぼくには少し
油を注したほうがいい





カテゴリ:音霊超越レイヴ | 16:10 | comments(0) | - | -
迫害創造ポッセ力。『VENGO』フラメンコ映画。





お濠のチビ蓮くんが、徐々に大きくなっている。
夏がちょっとずつ近づいてきている。
蚊にも、刺されたしね!




ダチんこ憂国からフラメンコ映画『VENGO』を教えてもらった。
一流のダンサーやミュージシャンを起用した映画ですがな。

生フラメンコは何度か観に行ったことがあるんだが
ああいう情熱を今の日本にブチューと注入せんとあかんのやろな。と、想うなぁー。

さてて映画『VENGO』 20分からのフラメンコかっちょいい。
というか、全般的に、映画というよりフラメンコなので、BGMとして聞いているんだけど。

ストーリーは・・・・・
スペイン、アンダルシア地方。年頃の一人娘を亡くした男カコは、悲しみを紛らわすために
盛大なフラメンコ・パーティーを開く。カコの一家はカラバカ家から怒りを買っており、
特にカコを慕う不自由な体の甥ディエゴは命を狙われていた。
音楽と踊りの日々が続く中、ディエゴを追い続ける死の影。
やがてカコは彼と一家を守るため、自分を犠牲にし、カラバカ家に一人で
乗り込み死んでいくのだった。。。。。。



ロマ民族は北インドから流離し、数百年かけてアラブ・アフリカ・ヨーロッパに広がった流浪の民。
移動、迫害、いく世代にもわたる旅を経てヨーロッパ大陸の片隅であるアンダルシアに辿りついた
ロマ民族。彼らのたくましさ、民族の誇りと血の絆、
その流浪と迫害の歴史を背負う苦しみの中から生まれたフラメンコ。

ポッセやな。

日本語訳のついたのも、観るです。









光が世界の色鉛筆の色を増長する
色が少ない国の割り切りは、ぼくにはノイズ

ノイズが脳裏を犯すけど、生きているのでどうしようもないけど
合理化しようと思わないので、この時代で歯ぎしりしながら、ただ進む

前へ、奥へ、もっと深みへ
深泥と深紅をごたまぜにして木偶の坊になっても
ポンコツになった麗しさでありたい

はだしが、泥をはねる
雨粒に、口をひろげる
晴天に、手をかざす

万物よりどりみどりなエクストリーム・バーゲンで
ぼくらは、なんでも選ぶことができるし
しっかりと、求むる色を宙と調和も、できる




カテゴリ:音霊超越レイヴ | 23:57 | comments(0) | - | -
追悼。アダム・ヤウク★ビースティ・ボーイズ。。。うぅ。


創作散歩ばかりしているので、ネットを見てなくて、さきほど知った。。。。ショックだ。。。

ビースティ・ボーイズのMCA=アダム・ヤウクが
5月4日に亡くなった。
死因はガンで、享年47歳。

うぅ。

ビースティ・ボーイズは、大学生のときから大好物で、
東京にライブに来たときに、何度か見に行って、さらに好きになったアーティスト。
クラブが面白くなくなってから部屋をクラブ化したときにもお世話になった音です。
もちろん、今でも、大好きだす。

今年4月にロックの殿堂入りを果たしたところなのになぁ。。。。。
チベット独立支持や米同時テロ後の反暴力を訴える政治活動も展開したが、
3年前から闘病生活を送っていたのであった。

むぅ。












音部屋に戻ったら、ビースティ三昧にしよっと。







生まれてこのかた、実りの季節
ミトコンドリアだったときに
手をふった、違うかたちと化していて

いつも、裸んぼうで
リュームに縛りつけられていた
輪郭のないぼくらとの
涼やかな、決別

それでも、かすかな音素だけは憶えている
それが、いまでも、ここちいい
タンポポの綿毛が揺れる感覚

きみに触れられると
空は、割れる




カテゴリ:音霊超越レイヴ | 01:23 | comments(2) | - | -
復讐の炎は地獄のように我が心に燃え!オペラ”夜の女王”ダムラウの凄さ。

 
モーツァルトは、天才だったと思うんだが、魂の響音としてバッハのほうが好き。
けれども、モーツァルトのオペラは凄い!と、再認識できたのが、
『魔笛』の夜の女王が歌うアリア。

復讐の炎は地獄のように我が心に燃え”です。

コロラトゥーラというのど笛テクニックが使われている。
この曲を歌いこなすにはプロであれ何百回も練習しないと達せない領域があることがわかる

まず、いろいろな人ののど笛を。。。。まずは!



かぶる人がいるけど、こちらもチェック!



思わずクスっと笑ってしまうのど笛もある。。。。
そんだけ難解なわけだよね。

中でも、のど笛も、演技も、(演出があるからだろうが)ずば抜けて凄い!と思うのが

Diana Damrau(ディアナ ダムラウ/1971年生まれ)





どうです!この迫真の鬼気迫る魂音。

音楽は、すんごい。






あ、は、奇譚して
い、が、破綻して
う、は、飛んで
え、で、戻って
お、と、やっぱりか。

あ、は、喜び
い、が、苦虫で
う、で、希求はやぶられて
え、で、無常を知り
お、っと、たいしたことは、なにもない。

あ、は、起きたとき
い、は、無我夢中で
う、ってときは、夢のなか
え、で、あくびして
お、っていう間に、
死んでしまい

それら、母音が吸飲する
所為の、そのもの、愛飢を。



カテゴリ:音霊超越レイヴ | 07:58 | comments(0) | - | -
フレディ・マーキュリー追悼ライブ3時間に見入ってしまった。

 

クラシックから、ドン・ジョルジュにいき。フレディ・マーキュリーへ。
おもわず見入ってしまったフレディ追悼ライブがありました。
三時間を遣う価値は、ある。ある。あらゆる意味で。

3時間見入ってしまったフレディ追悼ライブ。



メタリカのCDは1枚ももっていないんだが、
メタリカって、こんなに、クオリティ高かったのか。。。失敬。
もう、おっちゃんだろうに、無意識電磁波バランス、さらに、よくなっているのは。
卍の閾か。
清潔すぎる魂なので朝の珈琲でも違和感ないのは、そうか。。。透明君。
新制メタリカになっているのか。いいよ。









にぎやかな光たちが、さわがしいノイズになって
街中に奔放な落書きをしている
退屈なこもれ陽には、携帯の呼び出し音がお似合い
昼間の夏の日差しには、共同幻想のあわい射し水

静物は、影をさしのべる

光たち一粒ひとつぶの濃淡が
風にひろがり、いちめんに広がっていきますように
つづき、つなげと、花粉のように
一日むこうへ、力強い閃光が渦巻きますように

失せ物は、いつかのかげろう

ぼくらは、方位も知らぬまま
ひかるものを探している




カテゴリ:音霊超越レイヴ | 04:40 | comments(0) | - | -
意味を超えようとする音、Jónsi & Alex 、te' 、mogwaiも、いいね。

 
どうも脳内レイヴ度が高まっているようで、軽く寝て起きた。
とって、音楽の夢を見て、音楽が聴きたくて、起きた。

朝っぱらから、意味を超える音に、親和性が強い。
歌詞は、言葉で、意味っているので、それは、思想に近くなる。

例えば、好きだけど、te とかも、そうだ。好きだけどね。

Jónsi & Alex の中でも、一番好き。  シガーロス的でないのもある。

Sometimes I Get Scared




te' --- 思想とは我々の選ぶものを見せず、我々の好むものを見せる



最後は、やはり、mogwai
最強な脳内レイヴ音。 rano pano

これで、友達を何人か喪った。











この世に生まれてきてしまったので
最高なことと、最悪なことも知る

お寺の古本市で手にしてしまった埴谷雄高と
まみえるアンダーグラウンドな芝居と歌と魂を揺さぶるものと
切実に生きるものごとと

甘えたことも云わずに音をつくりつづけた
自死の傍らにいた自死した新しいひとも
芸術と、社会と、政治のはざまで
ぼくらは、いつも、もがいている

恋人を無くしても、
そっちのほうが、大切で
おまえの愛よりも、まだ誰も知らない未来に、必死になりたい

いつか、どでかい空のふわふわしたベッドと一緒になって
遊ばれて眠るように、また、その世へ、飛んでいきたいものだ












カテゴリ:音霊超越レイヴ | 09:23 | comments(0) | - | -
生きることに、翻るのがクラシックであり、阿呆の様相で、未来に挑むのが、パンクロック。


寝床で、グルグルしちゃって、面倒くさいので、起きて掃除したり洗濯したり
もっと、感じて、考える。

メグの永遠のダチんこ、憂国は書いた



若い奴はいい

いつの間にか

見えなくなって
聞こえなくなって
言えなくなってる

若い奴はいい



メグは、まだ若いのか。
見えていくし。聞こえるし。言える。

愛があふるるご迷惑を、するのは、死ぬまで、いいんちゃうけ。

クラシックの感傷心象人生哲学感情、と、
パンクロックの未来創造爆裂を、行ったり来たりだ。

生きることに、ひるがえるのがクラシックであり
阿呆の様相で、未来に挑むのが、パンクロック。

どっちも、味あわないと、自分こそも、味わえない。



と、思いきや、かわいらし音を。





これで、人を傷つけた音。









ヒューマだとか、ハイエナと、同位したい
首根っこを噛んで、食らうことで、生きたいと思う
それらが、自然であることで、生き物たちの自分の記憶を残してみたい

そうすれば、血縁の哀しみさえも、覚えてないことになるかも
愛する人の喪うことも、知らないことで抹消
長いこと、リズムを刻むだけで、いいんでないか

ながいこと、愛するひとは、ながいことを、音にする
ながいこと、ながいことをする人を、ながいこと愛することは
ながいこと、未曾有の果てに、
すばらしい世界に、連れて行ってくれるから

愛することを、消してくるやつのことはわからんけど
愛する事に同位するヤツとは、永遠で。







カテゴリ:音霊超越レイヴ | 05:03 | comments(0) | - | -
一色を知り、黒に近づく。スクリャービンとブルックナー。


ドコモショップに言ってもとりあってもらえず、アップルストアでも同様。
対応の悪さに下を向きつつ、docomoの電話帳をipod touchに移行する作業
何日目だろう。。。と、今日も頑張った!そして、とんでもなく時間がかかり
パソのgmailに移行し、名前フリガナ電話番号メールなどをすべて打ち直し
windows exchangeで、やっとこさ。。。。。地味すぎる作業。
560件ほどあった電話帳を250ぐらいまで削除しつつ、、、、、でも、でけた!!!涙

そんなアナログメグの、本日のBGM
「スクリャービンの悲愴」

Vladimir Horowitz Playing Scriabin 12 Etudes Op.8 No.12




ブルックナーの最後の交響曲の最後の楽章。惜別のシンフォニー。チョン・ミュンフン指揮。
これも良い。




常に何かを思っていて、それら湖の表層にある「何か」に
ダイヴして、深遠の、深青、また底にある、漆黒に近い
たくさんの色が混じったところに、いかないと自分ってのは、わからない。

絵の具でもそうだけど、黒というのは、黒という色ではなくて
いろいろな色が混じった色で、黒に近づくというのは
多像な、多層な色の自分に近づくということなんだろう。

自分を知ればしるほど、一色は、増し
同時に、黒へも、近づく。







強烈な満月も終わったことだし
ほふぅ、煙を吐きながら
時代に叩きつけられたものたちと膝をあわせたい
きっちり、正座して
なんなら、チョンマゲを結おうか

からだを投げて挑みたいほどに
怒ることもしたいし
泣くこともやりたいなぁ

ぼんやり月が、いってくる





カテゴリ:音霊超越レイヴ | 01:05 | comments(0) | - | -
精神と思考と創造を鍛える、元祖日本のパンクとロック。


10代のときに、1970年80年のパンクや、ロックの人を味わってないのは
その後の人生に多いに影響を与えてしまうんではないか、と、やはり思ってしまう。

所謂、ゆとり世代とかもそうかな?!
世代でくくりたくはないが、あまりにも狭い思考で、重箱の隅をつつくことに
脳みそを注力するのは、もったいないので、かっちょええ音をご紹介。

60歳にもなっても、かっちょええ、スターリン。遠藤ミチロウ。



昔は、こんなやったんやで。




36歳で安定剤飲みすぎで風呂で溺死しちゃった江戸アケミの じゃがたら も外せないな。
メグの好みではないけど。。。




頭脳警察は、今でもやっとる、60代。かっちょええ。



そして、村八分。
渋い。



最後に、村八の山口冨士夫つながりで、いちばんかっちょええ
裸のラリーズで、〆る!
ニシシ








熱情は、えいえんを超えるのか

生きることは、と記憶し
創っていく、ぼくらの奏であい

すべての見透かしで、
ぼくらのカラダを構成されるから
不感なものには、痛みを
演じるものには、奈落の底を

そんないつもの、雨の世に
この奇態ないっこの塊が
チカラを増幅しようと
汗ばんでいる

ひとりでもてば武器になり
ふたりでもてば愛になる
熱情創造の
果たしあい






カテゴリ:音霊超越レイヴ | 07:53 | comments(0) | - | -
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