なんで、自分が、自分じゃないといけないのか自己とは反故か保護か。

 
もう、年々も前かな。母上から
「なんで、自分が、自分じゃないといけないのか。」

という命題を与えられていて、その時

メグは、「自己には、自我には、そもそも酩酊性がある」と。思っている。
今、いろいろな経験をして、再度、己に、それを問いたい。

お金もなくて、お金を稼ぐことも、積極的にしてないけど
身体を売っても、金がいることもありつつの
様々な生死と、かかわっているけど
まだまだ、わかってないこともりだくさん。

いちばん、日本で、日本で、思うのは、自信をもって
自分の経験論を、正当化してる人は、
日本において、金にはなるけど、おもろくはない。

脳内レイヴとは、体育会と、文化系と、どっちも好き。
どっちも、受け入れる。
さらに、果てに、
という、まだ規定されてない(でも存材している=これは、存在ではない)
を、認識しているのか、否かとか、


めんどくさいし、時間がかかる、論述をしないといけないし
それを、しないと、あかんねんなぁ、。










ただ、誰かはいう
合法的不正をそれと知ってうけいれたり
思考を放棄することの

隙間

の、間、の中に、どれだけの、欲望と
生死と、射精と、生ポとか

もう、どれだけの、ことばが、さらに必要になるのかということを
五十音では、表現できない日本人の繊細な
ことを、。右の人であるなら

もっと、あらたに作るべき、
「域」という、ロジカルな、規定は

どれだけの、生命の体積と
計算している、計算している、損得と
欲望計算なんだろう







カテゴリ:不可思議麻薬レイヴ | 01:50 | comments(0) | - | -
「感じ」を記憶に残しつづけること。「過去の歴史」を今に持つこと。


仮眠するように寝ていたときに、そこに出てきたスケジュール帳を
パシャリと写真に撮りたいような夢を、見た。

月間の、例えば7月の1ページにどこでもあるような1日から31日までの□があり
その下に、5つの枠があって、そこに寺分の「ただ今」の「感覚」が
抽象漫画のように、載っていて、ゆっくりと、その絵は変わる。
ただ今の感覚が変わるごとに、それを表す漫画絵は変化する。
それを、デジタルタッチペンで、その日の□に当てはめていき
その漫画は一つ消えていく。。。。

その瞬間、感じたことが、可視化できる。
一筆漫画のような乱雑な抽象度で、
表情を写す写真ではなく、「感じ」を表す表現として残る。


という、なんだか、これってゲームみたいやな。と
夢の中でも思ったんだけど、斬新なアイデアだな!と、起きた後も思っちゃった。


ひとは、忘れるという愛 をも持った動物である。

水に流すことが意識的にも、無意識的にもできてしまう。
憎しみの記憶は、水に流すとしても
新鮮でわくわくする驚きでも、慣れっこになっちゃう。

その新鮮わくわく感、を、しかと携えることができると、どう変わるんだろうか。。。。。

そのドキドキを大切にして、感受性が増すかもしれないし
そのドキドキの非日常性にハマり、さらなるドキドキを求めるのかもしれない。

神経過敏で、神経症になるかもしれなることもあろう。
依存症に陥る危険性も、予測できる。
どっちにしても、いい面も悪い面も、全方位的感受側面が現れるんだろうが。

そんなことを考えていたら、メグがチビッコのときに亡くなった明治生まれの
ハイカラなセロリ好きな商業センスのあったバー様が
自分が体験してない太古に関して、よく「誰が見てきたのかね」と言っていたのを思い出す。

歴史とか人類学とか、ただ今の自分が、そこに行ってその時を体験することはできず
ただ、想定と想像、科学と化学の、論理的根拠度に基づいて、それを
「確かに!!!」とする。

だけど、その確かさの物質的根拠は、あろうとも
純粋的感受、は、誰も、誰も、わからん。

今でも、そうだから、本当は精神的病を治癒するための精神学が
心理学とかに成り下がり、言語吐気多様になる時代で
●●病と、規定されることで、安堵を、与える。

乱雑で、自己生命を優先し、生命を残すことにこだわってきた
太古より、みな、何らかの雑な、心的障害と、今の世界では判断されるだろう。



そんな夢とか、それからの引き続きの考えることをしつつ
お金をもらうという、今の時代では大切かもしれんけど、未来では
資本主義も金本位体制も崩れるかも、という想定は彼らにあるのかわからんけど

お金のために、いや、知識の欠乏と
太古の歴史性をきちんと、自分自身に刻んでいないために
クライアントに、今の世界のことでの常識ばかり話して
もっと、もっと、長い時空間で、人間が、生きてきたこと
欲望の、変化、ってのを、語ってあげたほうが、いいんちゃうけ。

と、医者じゃないけど、あまりにも自己刹那的なもんがニュースになっている
政治は、「ただ今」の世界だし。我々よりも小さいちいさい四角い国会という
立法系で、「表現」する。そこは深意よか、トレンドだし。
マスメディアも政治も、よれよれの、大きいものに巻かれる
うえから、どんどんどん、の、資金提供と、個人にとっては、給料世界だ。

本当は、そこからたださないといけないのだけど
でも、メグが経験している20年弱は、変わってない。

でも、20年は、短いと、思おう。
共同性本位の日本文化で、誰かが誰かに依存しているのはいいけど
認識していないのが、一番の、問題だろうな。

つまりは、日本人は、今は高進国になりさがっているけど
あの時代の高度経済成長のときは、
ドキドキと、ウハウハ、だったんだろう。


今は、そうでないけど、そういう感受砲弾は
アフリカに、たむけられ、日本が戦後に米国に「快楽」の多様を移植されたように
ODA,後進国支援機構とか、そこで働いておる
金がほしいのが、偽善がほしいのかわかんらけど、どっちも

「いい感じ」

は。得られるとしての大地としてのアフリカ。

奴隷貿易という人身売買が、基本なことは忘れていけないけど
どうしようもない日本人という、力を、発することはできるかも


それでも、歴史の、ただ中に、まだ、泳ぐ、
地球人だもの。 ニュースも、そんな感じ。






国家に分かれた国々の指を見てみよう
生きるためには、足先と手指を、顕わにすれば
生きるとうことから、どう放たれるものが
ただ今の、美醜を、糧にして
変形囲星、価値観を反故しているです

ほそく、ながい、ゆび
太く、ごつごつした、ゆび

過去をたどると、労働のちいさい歴史で
経験論と、

植位することで、残すこともする
惚れた、という希有なる依存もできるかもん

どんな子供でも、未来を紡ぐものには
応援します


























カテゴリ:不可思議麻薬レイヴ | 01:52 | comments(0) | - | -
錯覚に酔って。惚れて。。で、愛して。


羽が麗しいならば、その前のサナギは、未来もなく刹那に酔うのか。
ビビッドすぎる色は、突発的な感情を、それが常識であるように、
ステキな短い人生だけの、錯覚をも、もたらす。





この、相反する、色彩でいえば、180度の角度の、色。

こういうのは、ビビッドで、サイケだと、一般的に、認識されるし、メグも、そう思う。

相反、ってのは、きちんと言えてない熟語でもあって
対立とか、でもない。


前提として、人は、往々にして、自分が無意識にもっている言葉無きものを
表出してしまう。

それは、喉笛からでないほうが、望ましい。
なぜなら、喉笛で、言葉をしゃべっている人が、少ないから。
情報処理スピードが速くなれば、脳内処理は速くなるかもしれないけど
そのぶん、脳内ダイヴは、時間がかかるから、やらなくなる。

メグのブログのタイトルでもある、「脳内レイヴ」なんて、
今で、いえば、「脳内ダイヴ」だ。

そのように、意識と無意識と、意味と、さらに無意識と
ことば、に対する、対する姿勢は、自分がわからないうちに、変化していっているし
言葉によって、無意識が変化していっているのは
よくよく考えて欲しい。

って、思うけど、ぶっちゃけ、日本人には、もうムリなところもあるので
言語の意味が、まだ、抽象的なところで、おる=意味と無意識が混在している
=空気を読むことよりも生きることが必要

で、なんか、やりたいので、できると思うというところもあるので
やっぱ、アフリカ。
観光で宇宙に行くことは、もう出来ているけれど
そうではない。そうじゃない。



使い古され、苔深泥にもなれない
「愛」の規定は、興味深い。


仕事も利害関係も、なんもないのが、普通であって
時空間とか、超えるのの、シンクロできる人は、少ないけど。
おる。







わたくし、わたし、おれ、おまえ
すべてが、水であり、流れのうえでは絶えまないが
細胞の時点では、終わりという、究極のお別れと
何度も出会わないといけなく
最期に、自分と、放たれる


サラリーマン的な常識が、日常を占める
腐れに近い湿った、この日本の数十年からすると
きみの目には、ぼくは、乞食

その通りだ
それで、いい
仕事をくれる人も、そう思ってほしい

欲しいのは、お金ではない
欲しいのは、欲望でもない
欲しいのは、死んだあとの、世界だ

己が、ダッシュしようと、誰も気にもしない
気にもしてくれないことのほうが
あたたかい、春の陽気









カテゴリ:不可思議麻薬レイヴ | 00:38 | comments(0) | - | -
変異と、遺伝子と、擬態と、人間のもつ時間の短さ。



擬態昆虫が、なんで、いちいち、長いながい人間の生命よりも長い時間をかけて
擬態を、ジリジリと、やっているのか。って、とっても、不思議で知りたい。
石が、ころげり落ちて、でっかいとんがったもんが、
まるいまるい石になるのと似ている。


人面カメムシ







ながれながれて、その世界の様相に合わすような、形態がある。

思惟と、意思の重ね合わされであれば、
只今の、チョイスが、未来だ。



そこに、自分が、儲けることも、保険も、ネズミ講も、金もいらん。


金を創ろうと思うな。
未来を、創れ。


それが、生命の存在意義だから。

地球の人口は多すぎるので。








如実ってものの、わかりやすいもん
の、例題。


ひとは、脳裏と思考で、擬態していることに案じている。
そこに甘えずに、たまらなく感じて、考えて、学び、
また、シンプルな感じることに戻して、再度、出力する
ってことを、瞬間で、やっていることで、いいんじゃないか。

だから、言葉は、少なくなる。


意味を意味化しなくても、感じるから。
おしゃべりな時は、ちこっと、置いておいて。












 風の旅人・15号

『人間の命』

命は「いのち」とよみ、「生の霊(いのち)」の意であろうとされている。
「い」に「生き、息吹き」の意があって、絶えず燃焼して自らを充足し、発展し、変化し、
創造する働きのあるものをいう。漢字では、命ははじめ天の命ずるところを意味した。
天の命ずるところは、人にとっては全く所与的なものであり、絶対的なものであった。
人の生命も、もとより天命による。

生とは草木が自然に生成し発展する姿で、その繁茂するさまをいう。
生あるものは、すべて自己の種の保存と繁栄のために、殆んど天与の才能と、
自己犠牲に徹する生きかたをしている。
その意味において最も怠慢な者は、自然を制御し、支配することで生きるという傲慢の思いをもつ、
現代の人々であろう。
生が外ならぬ命によって絶対的に規定されているという、存在の本質的な構造を無視して、
恣意的な生活が可能であるとするのは、現代の人々の一の妄想にすぎない。

命は古くは令とかかれた。令は深く礼帽を被る人が、跪いて神のお告げを待つ形である。
のち、その前に祝詞を収める器の形をおいて、神意を承けることを示した。
その神意を命という。神は超越者であり、絶対者であり、
その命ずるところは無条件的に絶対であった。人の命の長短の如きも、専ら神意による。
神の神意は、その個体の中に、遺伝子として組み込まれている。

私は少年のとき、ファーブルの昆虫記を何冊か読んで、
その小さな生物たちの生活に秘められている不思議な智慧に驚嘆したが、
今では地上のあらゆる生物の霊活な活きかたが次第に明らかにされ、
驚きは深まるばかりである。
そしてその霊活な活動力は、すべておそらくはその遺伝子のうちに内蔵されているのであろう。
しかしその遺伝子が全く所与的なもので、何らかの変化も与えられないものであるならば、
およそ生物の進化は起こりえない。
進化はおそらく、生の形態への強烈な願望があって、はじめてあり得るのではないか。
生物の現在のありかたは、おそらくその強い願望の結果として、もたらされたものであろう。

人の寿夭は、おそらく先天的なものであろう。
そしてまた遺伝によって構成されるその機能と生命力も、
おそらくはすでに予定されているものであろう。しかし生物の進化の過程からすれば、
そこに生活者の意思が加えられる余地は存するものと考えられる。
その共同の意思が、その種の進化をもたらしてゆくのであろう。
それを人の修為の上に移していえば、「夭寿貳(うたが)はず、身を修めて以て之を俟つ。
命を立つる所以なり」という語に要約される。
「命を立つる」とは、所与的な命を主体的なものに転換することである。

自然の秩序はあらゆる生物の世界に及んでおり、そこに大調和の世界がある。
人間の思考の方法は精彩を極めているが、
それはこの大調和の世界から決して逸出しうるものではない。

生命の神秘は、この大調和の世界にあって、この世界の存する限り、
無限の営みを続けてゆくであろう。





人面カメムシに、相撲取りをくっつけて色調補正したのず。








ほんきの、ほんまの、ほんまの中心の
自分を、疑うことと、サルトルと、純粋理性批判と、
そんでもって、自分とは、何か。
カントも好きだから、外せないんで、ごめんちょ。


の上で、ベンチャーやったほうが、見えている時空間が長い。

カテゴリ:不可思議麻薬レイヴ | 03:39 | comments(0) | - | -
夢実験が上手になって宇宙戦争バージョンまで見た。

 
朝まで生テレビをやっているのに気づいたのが朝の3時半ぐらいだった。。。
残念!

最近、夢実験がおもしろい世界まで膨らんでおり
”宇宙戦争”まで夢のなかで遊べるようになっておる。ニタリ。
夢のなかで、USBのメモリースティックのようなものを持っていて
それがあると、ほかの星にワープできるのに、
なぜか、地球のなかではワープできなくて、交通費がかかるのが不便だ、、、と
ぶつくさ言っていたメグである。

さてて。そんな本日は
イメージの博物誌シリーズの「スーフィー イスラムの神秘階梯」が届き
おもしろいところをブログでご紹介しようと思ったが
小難しくて、部分的に載せれないので、

ペルシャ語文学史上最大の神秘主義詩人★ジャラール・ウッディーン・ルーミー
(1207年9月30日 - 1273年12月17日)の言葉でも・・・・・



愛によって苦味は甘味になる
愛によって鉄も黄金となる
愛によって濁りも澄みきる
愛によって痛みも癒される
愛によって死者もよみがえる
愛とは神の知恵である




どんな宗教でも、愛は同様に扱われるなー。

あ。キムランから絵が届いた。さんきゅ。

201202251413000.jpg

元は、このサドゥ。



ありがたやー。

うは、6時だ。急いで図書館に行かないと!





呼ばれると、答えてしまう
乾いた砂のあのひとと、しめった骨のわたしから
わたしたちの響きを、たまゆら求めあい
求めあわないまま、復元しよう

あのひとにしかわからない事物のうらおもてと
わたしにしかわからない事物のうらおもてを
冗談まじりに重ねあわせて
世界をもっと、うつくしき傲慢にしたてよう

わたしは裸になって
あのひとの骨の声を聞いた

わたしたちは後悔ということを知らないので
哀しみや苦しみが、べつのくぼみを
当たり前に満たしていく感覚を
なんども味わっている

わたしたちは、何度か、死んだ

乾いた砂は、少量の液を吸い
しめった骨は、少量の火を吸い
めくるめく
比喩でもなく、影でもない
わたしたちの、目のまえ





カテゴリ:不可思議麻薬レイヴ | 17:47 | comments(0) | - | -
去韻できないサムシングを、グレートと言おうか、神というか、でも縋るな、与えるな。


仕事仲間のとこで最近にぎやかなニュースあれこれについて長時間おしゃべりしていた。

どーでもいいニュースから思うことでも。アホっぽいけど。スマヌ


去韻されるもんは、感じてしまうことのサムシング、だと、思うので。
これは、重要で、だれにもの心にも、誰にも心があるとこで、あってしまう。


オセロの黒いほうの中島さんが民放をにぎわしているようで
メグは民放をほとんど見ないので知らなかったが
聞くに、視聴率を稼げるネタとしての、”デブの占い師に洗脳された芸能人”
という公式から、いかに視聴率をかせげるネタ収集ができるのか、となっていて。

ここで、おもしろいのは、その占い師の身体性が描かれていること。
→デブ=自己管理ができていない
→自己管理ができてないのに人の己の人生を「管理」する
→なのに占いという偽善で人を下手な神様を使って抱き入れようとする
(たぶん、そこに洗脳の意識はなくて、接着するひとが欲しいんだと思う)

いつか、ご披露されてほしい、その占い師の、チビッコからの体験談。
今でも不思議なのは、占い師と、霊能者の、肩書き二つもっていたほうが
あなたの欲望を満たすお客さん、くると思うんだがな。。。

占いも興味ないし、霊能者も興味ないから、メグがよく理解してないことが多々だから
霊能者の方は、フィールドワークはできているけど
やはり、ガチンコで、相対していないから、自信が全然ない世界。。。
宗教ならまだしも。


事実がどうか知らないし、その通りなのかも知らないが
「肉を食べたら、運気が上がる」とか
どう考えても、お笑いのネタだ。
でも、しかし、太古の狩猟民族であれば、あったかもしれんと、思ったりもする。

しかし、その占い師が、狩猟民族から農耕へ、肉を食することの儀式の歴史とか
そんな学術理屈的なことを言っていたのであれば
「おう、おもろい!おしゃべりしようぜ!」と、思うけれども
それだったら、ちと日本を離れて、一緒に、野辺で狩りをして
生きることと、食うということ、祈るということ、神の存在とはなにかを
ゆっくり、野辺の上、血肉を刻みつつ、星空をあおぎつつ、
そんなことを、するんだろうな、って、思う。


一方、そんな、よくわからん「神」に、惑わされたほうがよかったちゃうけ!というのが
ワタミだっけ?居酒屋で働いていた女子が、労働数ヶ月で死んだという。
自殺と、思っていたんだけど、過労死だったのかな?


仕事がたまらんくって、自死したら、過労死になるんかな?

よくわかってないんだが。
仕事がしたくないんだったら、したい仕事をしたらいいんちゃうけ。
って、思う。



阻害するものは、ない。
それが、神でさえも。


と、思う。


逃げることは、できるし、やったらいいし。
日本から、出ると、いい。











神を半殺しにするカント。

神を切りきざんだニーチェ。



その時代差による「神」の在りざまは違うけど。
それは、かつての「首相」と、いまの「首相」の在り方が違うように。

確実明擧術な「神」って、なんらかどの時代の人にもあって
その自身の奥底にある(ちょいとは変化していく)神  なるもの。
大切にしている自身のアイデンティティが、外からの情報によって
錯乱されえいるんかな。と、思うこともある。

ゆだねることで
自分の方向性を確立できているように思う
とか。

決定づけることで、脳裏の「安堵」をもたらす
神、なるもの。


神とか、大嫌いなんだが、信じてしまうことの無意識に、神がある。


神さんは、使いようだ。


それが、宇宙であれ、サムシンググレートであれ
感じる時点で、神が、あるのではなくて
自分が、あるだけ。


もしも、全空真空管のなかで、生まれたとしたら、
そこには、神とか、いらんだろう。
だって、すべて満たされて、いらないことも満たされて
もっと、いる、ってことさえ、知らないしな。





そのまま、人間に、戻るのだ。


んで、創る。








だれもが知っていることを、だれもがわかるように、だれものように嗚呼、
ヘビのように
ただただ、ヘビのように、

おおばかなる。
見えることに、肉体を近づけると、見えなくなることと、さようなら。

サラリーマンは、知らなくても、いい、霊音とか
心音とか、ぐだらない大人から、ぼくを、剥がしておくれ

だからと逝って、俺は、折れず
挑む





カテゴリ:不可思議麻薬レイヴ | 12:30 | comments(0) | - | -
不可思議感受と、たわいもない刺激的な日々。


http://musictonic.com が便利。
アーティスト名を入れると、グルグルと再生してくれる。

しかーし、「bach」入れると、延々と「埋め込みリクエストの無効・・・・」が続きますがな。。。





さて、そんな今朝まで、東京のほぼダチんこと、シンクロ遊びしていた。

長い前置きをすると、
チビッコのころから不可思議なことを体験したりしていた。
空が紫色になってUFOみたいなもんがあったり。
→母上と見ていたんだが、たぶんこれは、夢うつつだと思う。
テレビをみていてテレビの中で言うことを、先にしゃべったりしていた。
→感覚過敏だと思う。笑

その後、ヤバイ場所は、過去の風景が見えたりとかは、今でもあるんだが。
→感覚過敏だと思う。笑

20代後半になっても、いろいろあり。

新規事業をおこしたいというクライアントのところにいったら、
実は霊能者が興している株式会社で、
仕事の話はそっちのけで、スカウトされたり。
→ヤバイ人は確かにいるけど、魂が弱い人間だな、と思う。
首の後ろ横が、パックリ割れていて、そこから息が抜けている。
(そういう人には、近づかないほうが、いいのである)

30代になっても。。。

「気」を使って一方的にハニーに仕掛けたら
とんでも優しい彼の人格が、突如豹変して、荒ぶる男になりメグを投げ飛ばしたり。
→実は、彼の父上が暴力をふるう人で、その反面教育で、優しい男でありたいと思っていたと。
目の玉が別の人だったので、びっくりした。
ちなみに、首の後ろ横のところから「気」を入れた。

またまは、そのハニーと、長距離ドライブしている最中に、山田舎のいくつかある山のひとつに、
灰色の毛玉が見えて「ここ、やばすぎやんか。落人侍おるよ。。。。」と言ったら、
そのふもとに彼の実家があり。
→実は、父上と縁切りしており。家の前のカーブで事故が多発してる。
山の中に平家落人の墓があり、山から家のほうに流れている小川をオヤジがせき止めた
云々。。。。

その後も、違うハニーともいろいろあり。。。
書くときりがないんだが。


右脳グルグルは、ちびっこのときからあるけど、お勉強好きなので
左脳は大学のときからグルグルで、いろいろなジャンルの本も読み。
けだし、物理は今でも苦手だけど。
軽いスピリチャル的なことは、仕事オーダーあるが反目であるし、
思考的に、いまは、「やる必要性を感じない仕事はしない」ぐらい。
「やる必要性のない仕事」の話をすると、世の中に必要でない仕事がある!とか
言われるが、
オレオレ詐欺は、必要ないし。
電話通販もいらんのかもしれん。
ネットオンリーで、やったほうが、心理作戦で売ろうとする、えげつない試みにより
ほんとうにお喋りしたほうが、いい人と、おしゃべらず
電話の向こうの販売員に心を許して、自己吐気することで安堵している
甘えよか、、、、、

と、書きつつ、再度、通販の仕事が嫌いなのかは、後日にする。
心理学をお金にすることが、詐欺的で、嫌いなんだが。



過去に起きただろう、誰かと体感した不可思議なことを
さらに大人になり、理屈的になり、現実的で生活的になっているだろう
奴らに、「あんときのことって、いま、改めて、どう思う???」と

質問するのは、おもしろいだろうな。


説明のつかないこととして、遠く記憶の果てに置いておくには
ちょいと、もったいないし、
一方、感じるをダイブすることって、そういうもんだし。
というのもありつつ、「だから、なんだというんだ」のもあるし
さらに、一方では、出会い頭、こいつはおもろい!!!!!と、思った人がいるから
メグは、いまでも、木偶の坊だが、居場所があり、
仕事ができているようだ。。。。







やっぱ、ええなー。
いきつくところは、クラシック!やと、30歳を越えて、確信するようになった。






 




あけっぴろげで、全空、全宇宙
そんなことは誰にもみせることはできないし
ライブが始まる前の、ウーハーの低音みたい
お化粧をした平成女子の横で、おかきの食べくずみたく
ぼろぼろと、こぼれて
キラキラ、光っていこう

過去とは、幾万年あり、いつのまにか
いけすかなくなることの現実

影を舐めつづけ
まだまだ幾十年
おれを、刺す風情をまち
やがて、それは、不可思議にくるのだ

しずかに、すべらかに、証拠を消したあとに















カテゴリ:不可思議麻薬レイヴ | 23:06 | comments(0) | - | -
死人とのくっつきぼうし。わたしは、わたくし自身の、格好の標的で。


今週の自分でもどうでもいいと思っていた寝不足を補うように
サンディ、うつろ、うつろ、ごろごろ。なむなむ。おもいおもい。
ねむねむ。

前のブログで 「永劫回帰」「輪廻転生」 について、白川静エッセイ書き起こしで触れた。

思想も、哲学も、人間の考古学的歴史、人類学もふくめて、当時の心理や倫理、
だからこそ存在する「真理」なども含めたうえで、変化していく。


少なからずとも、生きることと、思想と、行動と、を、団子三兄弟みたくして
貫きたい。それが、とっても、自然(自己のアイデンティティにダイブした上での認識)ってのは
いまとなっては、少数派かもしれんけど、おるだろう。

「今」というものの、今という潮流(=思考=ファッション)で、泳いでいればいいものの
ダイヴするっていうのは、また違う、時空間の問答やら、浸透やら、無垢やら
内耳にふれる未知、見えざるものの、筆先などなど、あれこれ。


それら、すべての根っこには、宇宙のはじまりがあって(物理・天文学)
地球と人類の始まりがあり(物理・人類学・考古学・神学・宗教あれやこれやもりだくさん)
人類の歴史があり、今がある。
経済学の発展なんて、ハナクソみたいで、でも、重要視されていて


メグが、大切にして、この生を使いたいのは
自分が人類である、そして、資本主義の日本で生きていて
まあるい地球で起きていることを、知って、

きちんと、自身の生命に流れる、血であれ、骨髄であれ
ながれる、みずを、直滑降でも、対することができればいい。

それに、向き合って、そうして、生活することが
できれば、悔いはない。
んま、生きている時点で、悔いもないんだが。




表現するものは、その表現する底にある
深遠を分かつsomethingと、わかち
だから、現表できるんだかな。なんだか。


チャポの子宮も、そこだったわけだし。















今生今時の、ひとりが
なまめかしく舌を爆ぜる

夢のなかでは、わたしは、さらなる忘却者で
わたしの在処さえも失っている
小学校にいったけど、それも違うな
中学校にもいったけど、いや、わたしはもっと年上
高校に行こうとしたけど、1ヶ月ぐらい行ってないから
授業のスケジュールも知らない

知らないことが、あふれていく。
わたしは、何歳なのか
ページをめくりたおす
わたしの、歴史を

わたしは、わたくし自身の、格好の標的で












カテゴリ:不可思議麻薬レイヴ | 01:21 | comments(0) | - | -
緑の救急車を初めてみた。緑と黄色の救急車の、都市伝説の、真実。

 

韓国映画の『宿命』で、内容はアクションとしても、「ほへ?!」というシーンがあった。
「ほへ!?」シーンではないが、映画は、こんな内容。



初めてみた。

緑の救急車が、劇中で、出てきたの。

メグがチビッコのとき、「緑の救急車で運ばれるよ〜」と、言っていた記憶が蘇る。
初めて、緑の救急車を、見た。

チビッコのとき、そんな言葉を言ったことあるけれども、
いまだかつて、緑の救急車は見たことがない。

え?韓国では、緑の救急車は、実在するのか?
それは、裏はとってないんだが。映画の中では、緑の救急車が出ていたのだ。


緑の救急車=頭がとち狂っているぜ。

の、シニフィエ。模擬意味というのが、適切かも。


それを、生まれて初めて、目の当たりに、してしまったので、おーーーー!となったのだ。


おーーー!と、思ったので、調べた。
そしたら、「黄色い救急車」という合意語も、あった。
メグは、「黄色い救急車」という、言葉を知らなかった。

そしてそして、「緑の救急車と、黄色い救急車」に関して
データ取りしている人がいた。 400人のネット総計



狂ったやつを、蔑視する言葉にあるのは
「みどり」or「きいろ」???







母数が少ないためか、これでは、分析できないなぁぁぁ。
歴史的な流れを鑑みても。。。残念。


んま。精神破綻しとるやんけ! に対する荒言で、「黄色い救急車」か、「緑の救急車」か。
という、統計だ。面白い。

メグは、福岡県北九州で高校生まで育っているので、やっぱり、緑の救急車。

なぜか、茨城県では、青の救急車、っていう例えもあるんだと。
真緑が、九州に集中しているのは、なぜか?と、知りたくなる。


なんで地域差があるのか、調べるの、難しいなぁぁぁぁ。


黄色の救急車に関しては、『危ないことなら銭になる』(出演:宍戸錠、長門裕之)

なる、映画で、宍戸錠演じる主人公が、ライバルを出しぬくため、黄色い宣伝カーから
「こちらは東京精神病院です。先ほど狂暴な患者が病院から脱走しました。・・・」
なるストーリーからでは?っていうお話もあるんだが。






地域による、意味の、色の違いは、興味深い。
他に、どんなことが、あるのだろう。


ワクワクするな。

史座の、視点で。












何ひとつ不自由なく暮らしていくことの不幸を
どこまで満ち足りていることができるのだろうか
とっても、ちいさな、幸福との戦いがある

お金もなく、恋もなく、

いらないことのほうが、もりだくさんだ

過去の手紙や、文具や、服や、プラグや、描いた後の絵
もらった後の心、いまの僕たちの関係

すべて、焼却できれば、完成なのに、と思う
だから、作品を、聖地でひそやかに焼いても
思いは、残る

この無情を、どう、消し去ることが、できるのか

健忘症なのに、消せない
たましいが、ある



















カテゴリ:不可思議麻薬レイヴ | 03:01 | comments(0) | - | -
夕日と台風と、マーゴン君は右巻きしているような。。。。

 
台風か近づいて雲が厚くなっていることもあるのか
夕暮れの色合いが、ビビッドだった。



ちゃりちゃり夕暮れを追うものの、足の甲をヤケドで負傷中なので
長時間は、むずかしい。
サンダルや下駄のバンド鼻緒がちょうど当たる親指の下をやられてしまっている。。。。

さてて。
どうやら7月の台風にしては最大規模のものが近づいているんだね。
衛星写真で、見るとその大きさに、ほーーー、となる。

アジア地区。


地球では。


ん????

これって、右巻きじゃない????

北半球の地域の台風や竜巻は左に回転し

南半球では反対の右に回る

っていうのが定説だよなー。
ちなみに、貝類は右巻きが多いんだ。


あ、それと大切なことなんだけど、台風の影響もあってか
九州四国にも、放射能がぐぐっとくる予測がでております。

台風マーゴン君と放射能のこと書いているのリンク











雨を待つ
運慶と快慶が相撲をとるような
阿吽が空で踊るような、暴雨を待つ

自分の声も聞こえないほどの
わたくしの音沙汰が消されるほどの
雨を待つ

眼をつぶり、眼球の奧で
雨を知る
人間らしい野生と品位で
動きをとめ、考えることもなしに
雨と語らう






カテゴリ:不可思議麻薬レイヴ | 02:08 | comments(0) | - | -
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