改めて、メメント・モリ。。。髑髏からニタリと、骨の髄からニヤリの時まで。

 
福岡の巣のジーーとする場所には、定番の本が整理されていたり散らかっていたり。
四畳ほどの服と本部屋のほうの本棚には、たまーーーーに読む本が保管されている。

ふいに、メグのバイブルと言っても、まだまだバイブルになりきれていない
藤原新也の写真詩集『メメント・モリ』をめくっていた。

今まで、人に贈った本でも一番を誇る『メメント・モリ』ですが
今、思うと、こういう世界を、思考ではなく、血で、胎動でつかむ人って
皆々さまではないわけで。

メグが思うチャラけている、40歳手前で癌になってしまった、
お仕事関係の知り合いに贈ってしまったのは
やっぱり、ちゃうんだったんだろうな、と、再度、反省してしまう。
最初に会ったときから、ほんとうに、失礼なんだけれど、
この人は死ぬ生き方をいている、と感じてしまった。
雑な魂で日常を生きているな、とか。。。ほんとうに、失礼だと思うんだけど。

そして、早々に亡くなったんだ。
『メメント・モリ』の意味が、わかんない人に、勝手に贈ってしまった唯一の人であって
きっと、よくわかんないながらも
死の切実性と、恐怖を与えてしまったかもしれない。と
死に際に間に合わなくて、死んだ後、1時間でしか、顔を見れなかったので
どういうのかとか、今でも、わからん。


そして、やっぱり、『メメント・モリ』は、素晴らしく、
生命を、生きるよ、死ぬよ、だから何するねん!を
果敢に、ゆるやかに、色彩豊かに、問いかけてくれるので

歯ぎしりしよう。


わたしは、あきらめない。


効力意識だとか。悟りだとか、死んでも
行き着かないし
求めることだけの、途中のまま死ぬのであるが
それでも、追うってのは、いい。

座頭市も、そうなのだ。






いま世界は疲弊し、迷い、ぼろぼろにほころび
滅びに向かいつつある。
そんな中、つかみどころのない懈慢な日々を送っている正常なひとよりも、
それなりの効力意識に目覚めている阿呆者の方が、
この世の生命存在としては優位にあるように思える。
わたしは後者の阿呆の方を選ぶ。

わたしは、あきらめない。









でたらめの、目に、近づくんだろうな。
世界あちこち常識違うが
「目」で、その人の、まぶたの裏の世界は、におう。

よく、しゃべるな。
その生命と、対峙せよ。

だ。

まだまだ、足りない。メグ。
死んでも活きることが、できないのかな?!


そして、厳しい夢を見て、速効起床。


カテゴリ:生命愛餐レイヴ | 01:32 | comments(0) | - | -
ちゃぶ台から宇宙まで。@ なんで死ぬのが怖くないのか

 
ちゃぶ台から宇宙まで。をテーマに生きていきたいとずっと思ってきた。

日常から、意識の遊戯。
なんでいま、ここなのか、から、最果てへのロマンティカ。
時代がもたらす基点という消費トレンドと、相も変わらぬ多いなる流れ。


日本のどこかにいて日常というちゃぶ台が、腐ってぼろぼろになっているのに
即座にプラスティックや、模造大理石の食卓テーブルを
さっと据えかえてしまっていて、

おんぼろのまんまるいちゃぶ台は、そういうような
生きて、息づいている、ということから逃れれられない私たちの
ライフ(生活)から、遠ざかる。

モノと、意識の絡みというものを、静かに考えてみると
とっても、その人、自己の意識のただ今の構造がどうなっているのか、
と、わかることができる。

日本にいても、たった身体を、合理的な生活のためだけでなく
ただ、「創る」に心地よい、アトリエに移してみると
確実にささやいている見えないものの音素に気づくし、それに
頼っている。

大げさにいえば、悠久に、身体をゆだねることができる
空気とにおいと、自然の広がりがあるからこそ、
意識が、透き通ることで、ただ無意識で、創ることができる。


いろいろなきっかけがあったので、振り返りと思考を しているのであるけど、

先日、ダチから
なんで、メグは死ぬのが怖くないって思えるのか」と言われた。

もうお互い10年ほどのつきあいか。
10年経っても、生きるということの命題を、ちゃんと脳みそに残して
感じちゃうこと、考えること、をしてしまうのは、とっても、ステキだ。

皆様こういうことはチビッコのときで、思考停止になていたりもする。


多くの人は、そういうことよか、どう気持ちよく生きていくかのほうで
多くの人は、与えられら仕事を全うすることで、
なんだか、自分の存在意義を満たしているような気持ちになっていると思うんだが。

大人になると、上手になるので、錯覚することで
自己肯定をよくしている輩。


やっている、ということ、日常的に社会性を帯びていることに
あぐらをかいていて、本質、やっているということと
給料を稼ぐ、ってことで、それが、社会にどう影響を与えているとか
考える頭はもっていても、自分のライフに絡みとっていて
なんだか、自己肯定している。


話が、逸れておるけど、

大人になって元気もりもりでいても
死ぬのが怖くない。と、思えるチョイスのほうに行かないといけないんだろな。
と、思う。

つまりは、これで、死んだったら、しょうがねーわ。
な、やりたいことを、やっちゃうことへの覚悟なんだろう。

未曾有なちゃぶ台から宇宙まで、
わかった気になる傲慢さは、さてて捨てて

特に、農業分野では、化学のおかげで、いま、日本でこういうふうに
大きな野菜を食べることができている。

流れを、考える。
字空間と、時代の流れ。






穿て、という
したたり落ちる鍾乳洞が形成されるように、
ひと、ひと、ひとしづく
煌いている色は、恐ろしい音にもなり

きらめく水玉と、闇夜の音

じっと、見ることはいらない
過ぎ去る空気をおなかまで取り込んで
少年たちの切ない思いを残したまま

演歌に酔えば
泥棒にも、あう

























ほんのちいさな丸い地球で。


ひとつの










カテゴリ:生命愛餐レイヴ | 08:55 | comments(0) | - | -
それは。何のため。。。自分のためとか生命助長の己とか反吐だが。

 
みんな、超・個人的なものを、どう感じているんだろう。
ひとりは、「俺のため」「俺らのため」と、いまやっていることを
よろしい方に認識生理しているんだだな。


愛は、慣れあう。




アフリカにおける商業的農業の発展




●    



空の色が、何色なのかを
わからない、こころを、どこかにいったひとには
空の色が、何色のかわらないから
その色を掛けないのかもしれない

大地の色を知るには、もう土色のほうが
ふれわせらる
可能性をもっっている、彼方へ


空の色を、瞬間規定するように、迷う、迷う、
迷うと疑念以外を超えて
だれを永遠愛することが、できるというんだ


無重力で、思考せよ、
愛も賃溺し。

今は、どこかの彼方に浮遊する
















カテゴリ:生命愛餐レイヴ | 08:00 | comments(0) | - | -
いがむ音、ぐちる音。海にはない音、漁師は口にせぬ音。虫たちの音。

 
音楽が、すぐ傍らにある生活は、すてきであり、わがままを聞いてくれる恋人のよう。

この時代の街に生きていると、目に入ってくるものごとのほとんどは情報で
におうものは、ケミカルのにおい
でも誰かのシャンプーのにおいには、うっとりするけど。

おいしいものをいただいても、耳から騒音が入ってくる。
メグにとっての五感中いちばん凹むのは、
いがむ音、ぐちる音、こころ干からびた音だ。


人間関係100%重視それが世界!と、人間中心ライフになっていければ
そういう音がおならのように出るのもわかりるんだけど
どうにも、へこむ。
かなしくなる。やってくるなら、雨やら雷になってくれ!と思うぐらい
湿気の多い、曇天のような気持ちになる。

そんなときでも、自分のなかの気持ちのひと滴を音楽はサポートしてくれる。
いやいや、おまえの中の種くんをぐいんと、これやろ!みたくして。

いがむ音、ぐちる音、こころ干からびた音を、いちいちと口から発し
「共依存」はやりで、それらを自己啓発のダメな部分として、それも口から発しているのに
自分自身がそれをやっていることに気づいてないのも痛い。
んでも、にんげんとは、痛いもんでもあるので、ま、いいか。
自分が、その一と、どう係るのかだけなので、いつだって、問題を解くのは、自分だ。

音楽は、その美しさ、意味を超えているさ。
感情ではない音、ただ感覚であることで
ぼくらを、虫や草と、同等の、世界をみせてくれる

(なので、ベースラインが人間の心音リズムでのせてくる感情あおり音は苦手)



いがむ音、ぐちる音、こころ干からびた音。
模造大理石のコンクリートから出し入れされ、体内がアルコールに浸され
明日には忘れ、くりかえす音。
蜜にむらがる虫たちをにて
だれがどうしたという、おばちゃんの世間話に群がり
なにかの傷と、栄光を舐めあおうとする
舌なめづりの音。


はたけに、ない、音。
漁師は、口にせぬ、音。
農夫は、その暇もない、音。


超個人的感傷かもしれないが、
大地と空にすべてをゆだねるように
そこからはじまったことを忘れない音素を加えたままで
音楽が、教えてくれる。








おおきい惑星が月を横切るからうつくしくって
みんな早起きで、わくわくしている
おおきい彗星が地球にぶつかるからって
みんな逃げ場もなく、どきどきもする

いつだって、こちらにやってくるのは、燃えかすだ
星たちは、大気圏で、人類の「知」にふれてしまい萌えつきる
来るべき預言者はバラバラの火葬後のご遺体で
NASAに運ばれて、とむらいの儀式を迎えるという

ぼくらの寿命は、まだまだみちみちたりておったのであります。
敬礼。

のぞみは、大気圏のお外での天体観測で分析されたが
因果関係を数値化できない学者は
それを、隕石、と、定語する
うまいコピーライティングでもあり

いま、ぼくらは、うえなのか、したなのか
ふわふわしていて、くるくるしている
そもそも落とし物としての、燃えがらとしての残骸物のように

きぼうは、持ち主をさがすように


























カテゴリ:生命愛餐レイヴ | 14:36 | comments(0) | - | -
全方位性に、なるべくいける行為ますように。肯定と否定と。ジリリ。


チャポづくりを毎日やってしまっていると、やはり脳内チャポになる。
至高のアホという、自己哲学を溶解したうえで
ポップに、なるべく、有機的な造形でカタチにしようということを求めてしまう。しまっている。

かといって、所謂、何の役に立つかもわからないゲージツみたいなことを続けており
片方では、オモロイし、加えて、社会有用性があると、
これまでの起業・事業おこし経験もふまえた上で、やはり、おもろい!と、
思うことができる仕事に関わる。


暴れん坊な経験がなくて、脳みそだけで、生きて幸せな人もいるし。
刑務所に入っても、脳みその前頭葉の皮膜がプルっと翻って
やっとこさ、あ!そうか!なんて人もおるだろう。



自分なんて、どんだけの、世界の感受、何パーセントか、知らない。
だって、未曾有には、会ってないから、未曾有なんだから。


知らぬことの、においに、敏感する。

それが、在り続ければ、どんだけ持ち上げられようと、
どんだけ、どんだけーーーーとか、トレンドで消費されようと
知らぬ、自分への、反吐が、ありつづければ

なんだか、もうちこっと、己という、π(パイ)は、変化をもたらすかも。



救いが欲しい奉仕するなら
偽善の、エゴイズム。




んま、偽善のエゴイズムは、おもろい感受やと思っているし
それは、マーケティングに、使えているし、
さらに、使える、と、思っている。

なぜなら、日本人には、甘えの構造が、あるから。

シンプル。




甘えの構造







干割れが入っている大地のようで
みずを欲しがっているけれども
太陽の方しか見えていないから
干からびに気づかぬ粒子というぼくらもある

雰囲気に埋もれるとそうなりやすらしい
と、家庭の医学の付録に書いてあった

割れ目と、裂け目
ってのか、られたのか、の受動と能動は、「キ」の喉笛に近い

音は、意味以前で、それ以降に行こうとすれば
何かは失われる

亀裂のほうに手を入れる
という、信仰が生まれる以前の脳内行為さえ
いまは、寄付金集めで、必死で

ひびわれる
みずを、買う
そこもとは、みどりのためでなく、みずを奪う



カテゴリ:生命愛餐レイヴ | 23:41 | comments(0) | - | -
生前死後で生きる。自分が何物になりたいのかを問う音。ベートーヴェン


前回、メキシコの火山噴火の記事を書いた。
その前に、太陽観測「ひので」の記事もあった。ので、とりあえず、くっつきぼうし。
火山のニュースよか、こっちの科学的に、まだ検証が十分ではないことと
エネルギー問題を考えているので、のっける。


(2012年4月20日 読売新聞)で取り上げられていた記事。

国立天文台などは4月19日、5月にも太陽の磁場が反転し、北極と南極にN極(プラス磁場)、
赤道付近に二つのS極(マイナス磁場)が出現する「4重極構造」に変化するとの予想を発表した。
約300年前に地球が寒冷化した時期と太陽活動の特徴が一致しており、
温暖化の一時的な抑制につながる可能性もある。
同天文台の常田佐久教授(太陽物理学)らは、太陽観測衛星「ひので」を使い、
磁場データを分析。
昨年7月以降、北極の磁場がS極からN極に反転し始めたことを確認した。
一方、ほぼ同時に反転するはずの南極はN極のままで変化せず、
4重極構造が確実視される状況となった。
磁場反転の原因は未解明だが、約11年周期の黒点の増減と同期することが知られている。
直近の黒点周期は13年近くに延び、北半球の平均気温が0・6度下がった17〜18世紀とよ
く似ている。当時も4重極構造だったと推定されるという。




これまでの太陽の磁場構造。北極にS極、南極にN極がある=国立天文台提供

といっても、やっぱり、これまでって、の科学的検証時間は
短い、10年ほどでは?



これまでの太陽の磁場構造。
北極にS極、南極にN極太陽の磁場反転で出現が予想される「4重極構造」の想像図。
北極、南極にあるN極と赤道付近の二つのS極の間に強い磁力線が発生する
=国立天文台提供


もっと、精査してるのかわからないが、新聞で伝えている記事はあるので
ググッてくだされ。

メグが、問題化したいのは、どっちゃみっちゃ、どでかい宇宙の、そのしたの銀河やらの、
ちいさい太陽系のさらに小さい、ミジンコ以下の、のみのちんたま以下の物理的微少すぎる
惑星のなかで、生きていて、そんな狭い世界の中でも、まるい地球のなかでも
人が人を殺しているし、餓死する人もおる。
人権の話はここ数十年の話なので、それ以前ってのを、感じてほしいとは思う。


でも、自分自身は、自分が感じることでしか
血に、他を混ぜることは、できない。


他は、人でなく、情報でもなく、血の流れに、目の裏のまなこを開くことちゃうけ。


と、よく、思う。
生きている、生きて在る地平と、生活を一緒にすることを
一緒にしても、まだ、食わねば、生きないと、いけない。

でも、うーーーーーーーーん。わからない。
お金のために生きている人たちのほうが、多々だろうし。
死んでもやりたい!ってのは、少数だろうし、生きているからやらんとあかん!と
やっている人も、少ない。

ありがたいことに、芸術もビジネスも、そういう人に恵まれていて
どうやるべきか、どう、やめるべきか、どう、未知に挑むのかは、いろいろだ。
いちのひとは、その世界の○で、おれは、やっている!と、思うだろう。
それは、稼ぐことだったり、養うことだったり、する。

でも、なんらかの所属(主に、会社、金をくれる組織)にあって
それを無くしても、やりたいことって、貫くことができるだろうか。

メグは、子供がいないから、優先順位が、社会的理想である。

子供ができたら、変わるかもしれない、家族というものに、縮小するかもしれないという
予測もある。



習慣に酔うのか、非日常にはみでて
宙も、おもろがるほうまで、いくのか。

問われライフこそ、愛の、兆し。











そもそこも、もっと踏みこみ
地方税のためのアスファルト工事から
路樹をなんども植え替える人の

どう、思っているんだろうか?

守ることがある人は、凶器的だ
給料をもらうために、社会の未来をたくさんの人が暗闇にしている
が、給料のほうが、大切らしい

未来のために生きることは、魂のために生きることは
病的なのかもしれないし、そこに、天才も馬鹿も、いる

毎日歩く、路傍のなかに、どんな人が歩いたのか

認められるために生きているのではない
未来を感受してもらうために
そこに血潮があることに、触れてもらうために
生きているのだ

経済のために、生きない
社会の意味をわかっている人も、いない

愛とは、何かを、もっと、つきつめよう


カテゴリ:生命愛餐レイヴ | 00:11 | comments(0) | - | -
まだ、待つ時間があることは、幸福の印。

 
仕事仲間のところで、音楽とともにお喋りして、帰宅。
朝まで生テレビが「原発特集」だったので、見終わり、
いろいろな意見が欲しいので、長年のおっちゃん友達にメールをしたところだ。
ロボットつくっていたり、大学で政策おしえているおっちゃんだったり、
もう5年以上は、ちゃぶ台から世界まで、語り合える。
そんな、厳しい時代を生き抜いてきた、60近いおっちゃん友達は、チカラづよい。

特に、徐染と廃炉に関わる実際な現実的コストと、
これから日本が創造できるだろう未来的産業と
右脳と左脳を、ぐるぐるしながら、お返事をくれるだろう。
ニシシ。


2000年から、バイマスエナジーの仕事をしていたけど
もう、ついていけなくなっている。
まずは、さらに情報化社会になっていて、グローバル化していて
英語をすらすら認識できないと、世界の情報はわからないし。
そんなに、ネットに、くっつきぼうしになりたいライフでもないし。
また、情報のネタが、どこであるのか、自身で精査しないとも、いけない。


そんなことを、思いながら、自分が、どういう世界を描きたいのか、
という、思いには、試される。
それは、挑まないと、いけない。
同時に、無知であることも、わからないといけない。

科学的、数学的、物理的、化学的、なことの、左脳と
想像力をチカラづよくしていくことの、右脳と
バランスは、当然で、
当然と、おもっていても、まだ足りなくて
賢いな〜、と、思っている人も、まだ足りないと、思って、
言葉が、少なくなっていることの脳裏の、足りないって思っていることに思いを馳せて



学ばないといけないし、
体感しないといけないし、
行かなければ、わからないし、
おしゃべりも、いるだろうし、
ほんとうの、ところに、突っ込んでいかないと、いけないし


そこでも、空は青色やんけ。

と、多像時空で、世間をあそび、時に、
羽ばたきは、あったりね。









湖底から、水疱が、うきあがる
ぽつ、ぽつ、と、じわじわの、様相か
じっとみていることと、きづいたらの、時間差攻撃で
感受は、強度の強弱差を、現してしまうんだろう

しずかに、しずかに
まだ、待つ時間があることは、幸福の印

目を充血するも、いいだろう
眠れない日々こそ、生きている証拠で
創ることに、死せんとするとき

まだ、待つ時間があることは、幸福の印





カテゴリ:生命愛餐レイヴ | 04:59 | comments(0) | - | -
サドゥたちとクンブメーラ。お次は、2015年ナーシクにて!

 
オフィスに置いている本を読み返すの日。

小さなシヴァたち サドゥ』は、たまにぺらぺらめくる本の一つ。

サドゥは、インドの修行僧のような仙人のような放浪者のようなアウトサイダー。


役者さんのような男前サドゥ。キリスト以上の清々さ凛々しさである!




オフィスに貼ってあるサドゥ。望ましい魂リズム。




自分のリンガ(男根)を棒に巻き付け、ひとを持ち上げるヨーガ術。笑



サドゥ世界の極右集団・アゴーリ。
人食いサドゥとしてインド民衆から嫌われる異端サドゥ集団。
アゴーリは悪魔たちを率いてシヴァが火葬場を支配していた古代インドの記憶を
探し求め生きる。死を意味する黒装束を身にまとう、グル。
首からぶらさがっているのは、人骨。




12年に1度行われる祭り(6年ごとにハーフクンブが行われる)、クンブメーラ
この祭りには、インド中から数千万人のサドゥや巡礼者が訪れる。
なかでもナーガと呼ばれるシヴァ派のサドゥは全身に灰を塗り、
ふんどし1枚または、ほとんど全裸の姿で行進!



お次は、2015年ナーシクにて
ぜひとも行ってみたいものであります。











昼であれ夜であれ、つねに
一点の流れ星は、上昇し
過去といわれる闇雲の有象無象と、切り立つものが
カヲスになって、押し寄せてくる

今、生きている、生きものたちは
狂わないように整理し、合理し、
虚数を数で捉え
いつだってあった実際を四次元で果たし合いしない

おまえの、かつて揺れたこころに
いま、触れれば
八百万の亡霊達が、
おれに、耳打ちしてくる





カテゴリ:生命愛餐レイヴ | 15:41 | comments(0) | - | -
たましいのにおいは、一切ない。最低愛悪さ。




 
いつか、かなた、誰もが、あのとき
それは、遠いあのとき、と言うんだろう

ひとつの、たったひとつの、世間でなたわいもなくて
自分としては、ウハウハで、この出来事を未来に酔わせたいひと
この仕事仲間は、ウハウハだ。

ウハウハ、って、おもろい。
だから、真剣だ。
だから、うれしい。んで、寝る暇はないよな。

メグはダメ人間らしいので、そこに金銭はないらしい。

恋より仕事をとってきてしまった性かしらん。
イイ男の見分け方は知っているけど、金になる男の見分け方もわかるが
知性的にも感性的にも、無尽蔵な人に、メグは萌える
あいかわらず、男女の性差と愛の差がわかってないので、男女同等愛するけど。


みなさまが、そうであるように、いろいろあるな。
下らんことは、少ないが。
大切なことが、多くなる。
己自身の話ではない、どう世界を形づくるのか、の、かけらの
ロボット創造人間は、んま、おもろいんだけど。

同種だ。。。

今日、オフィスになんだかおっさんが来ていて、おっさんと話していた
聴けば、とんでもない、どうでもいい話で、自分のことばかりで
どうでもよくて、嗚呼、ハナクソ!と、思ったけど、それは失礼だなと思い
再度、耳を傾けるが、時空間も経済観念も短すぎて、情けないってか、気持ち悪い。
(失敬)

ひとのことを反吐扱いするのは、よろしくない。
その人もその人らしく、がんばっておるんだろな。

と!思うが、そこには、たましいのにおいは、一切ない。

宇空、不感症は、最悪である。







眼差しを阿音にして、きみに出会った
矢尻のような心音だ
まなこは、夜鷹に
くちびるは、阿吽で、しずかでしずかなほうがいい

カラダのなかがほ乳類なのは嫌いで
粘液を流しながら、ポテリ、グサリ、

それよりも前に、きみに流れている
もう孵化しない黄身のドロドロした流れは
どこにいくんだ




カテゴリ:生命愛餐レイヴ | 06:51 | comments(0) | - | -
この一年で出会って、心魂パンチされたオモロイ輩。屁理屈本位ではなく。


普段、独り言を言わないので、独り言いえるライフにちょびっと憧れたりするんだけど。
それが、本日、お昼に仲間に食べさせるため、圧力鍋で煮物をつくっている最中に、
「ええええ!!!!」と、独り言で叫んでしまった。

そう、金正日が、死去したから。

ニュースに見入ってしまって、煮物が煮くずれした。。。。なーむー。

北朝鮮では嗚咽ボロ泣きする民がおり、
日本の新橋では、民主党の議員が演説している最中、「金正日、死去」をアナウンスすると
万歳の、歓声があがったらしい。。。。

マンセー

死を喜ぶって、とっても珍奇なことだな。この時代のこの日本で
。ビックリ

今年は、バードカフェのおせち騒動に始まり、震災ありの
ジョブズもカダフィも死ぬし、大きな台風きたり、他にもいろいろと目まぐるしい年だった。
メグ自身は、創作以外は、終止符や句読点が、多かった年のように思う。残念ながら。

来年は、人並みの欲望を、持とう。

といっても、まだ残すところ十日ほど2011年は残っておる。
さて、思い返すと

この一年で出会った人で、一番パンチが遇って(遭遇の意を込めて)
いまでも、続いている人って、誰???  
   だろうと思い返していた。

メグは、即答なんだが。
明日にでも、表彰状を電話で、伝えよう。

永遠やと思えることのできるダチと出会うのは、2,3年に、一回であるのである。


そういえば、ダチとは別次元だが
*注釈・・・メグの中で、ダチんこ>恋人(交際) ダチんこ≒ハニー(異性として惚れている)  
ステディー=かつての恋愛体質のメグの過去のオトコ。ステディという感覚を失うきっかけとなったオトコのお話はいずれ。

ステディ感を失う前にステディになった(真剣な異性交遊)した人のなかで
いまでも、たまーーーーに、というイイ感じで連絡してくるのが、
なんとも高校生のときのファーストキスの相手だ。なんでかな。
ちなみに、彼は、メグがファーストキスということを、未だに信じてないが。。。。なーむー。

とんでもない性的潔癖であったことなんて
とりあえずテストでイイ点とって、教師も親も納得させて
勉強できれば、その他、暴れるぜ。なんて、甘い考えで、今となっては、
全く後悔のかけらもない、いや、その感覚でいこうぜ!と、思うほどに
管理者が求める以上のことをやり、誰ともつるむこともなく、
思うままに行動して、社会的に悪い奴らと出会い、ただ瞬時を、共にし
それを、絆にする依存心もなくって、瞬間は、瞬間で、だった。

そこには、言葉も意味もいらないし
くっちゃべることも、いらないし、ただ思うことをやることだけで。


なんだか、お仕事をしていても、やっぱり、自己脳内否定して、考えても
思うのは、この屁理屈本意な言霊が、多くて、
ああ、こういう人たちに、ひっかかるんだろな。またもや、残念。で。

言っていることは、正論であるが、自分が正論であることを疑ってない人の
正論は、マスターベーション度が高いことを、知ったうえで
耳を傾ける。

たいがいそういう人は、「へ〜〜〜」とか、「そうなんだ!」って言葉を吐かない。
つまりは、自分より、おもろい人と、出会ってないからだわんさ。

さらに、残念。だけど、それも、ありありだ。

欲望だな。
自己肯定と、好きなことをして、生きていけている歴史とか
いろいろだ。

極彩色も、和の色も知っている
いちばんわからないことを、自分でも、ほんとうは、わかってないけど
わかったように、口が早くすべったり。

口が、早く、すべったり。

意見を聞かずに、自分のことをくっちゃべっているヤツには、気を付けろ。
いわゆる、エロいやつだ。
やりたいことだ。

時勢にとっても、たいしたことやってないのに
仕事が、忙しいことを、日本の未来的に、する人もいるけど
ノンノンノン。受けることを、やるのではなく
おもろいことを、一緒にするのである。

そういう、相手と出会うこと。
もっと、必要なのは、そういう、自分になること。


大好物な新規事業、手伝ってばかりだが
メグは、できるのか?いや、したいのか?
未来にとって有用だと思う活動も仕事もしているけど
実際、メグのお金になることの想像が、ないんだよな。

んま、メグは、守るもんが、ないから、婆娑羅で、ええのだけど。
今のところ。



お金にならないことばかり、やっておる。

だって、マスにとって、必要やと思っちゃうんだも〜ん。






粗雑に、煮て、雑煮は母がつくってくれるだろう
そのまえに、もっと雑多な筑前煮の歴史を経て
混濁させることが、でも、一点の

雑煮には、丸餅の日の丸を
筑前煮には、人参の紅を
なんて、後付けの理屈なんて、どこにもない

おれが欲しいものは、納得できることであり
洗脳されることでもなく
どこまで、寒い冬になろうと
暖かみに、身を寄せず

こっちにこい
と、その他自身の今のある我世に吸引されるでもなく

権威も威勢もいらない、さらになれば、家族も失うだろう
ぼくらは、ぼくらのひたひたつがれたコップの水
あふれることで、歴史になり
いつも、今というものは、あふれんばかりの、ギリギリで
あふれれば、歴史として、記述され付加され小説で
また、違う歴史になり

ひとには、もうひとり、ひとがいることを知り
最初のひとりが、ひかりになり
もうひとりが、影になり

その間に、もうひとりの自分を常に抱かせることが、つづけたい欲しいこと








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