絆に寄るへたれな日本とか。いや、挑戦当然とか。

 
すごくくだらないものがやってきて、いやになる。
それは、くだらないんではなくって、今の日本であって
いまの、自分の現実であって、逃げることはできない。


メグが、くだらん。と、思っていても、そこで、一生懸命だし
逆に、メグを、くだらん、と、思っている人も、多々だろうし。
そのように、ぐるり、ぐるり、としている。

自己啓発とかいうものが、いらない、それさえも、必要ないぐらい
ただ、感じて、与えなくてもいい、ただ、やりたいから、やって
それが、美し所作につづけば、どれほどいいものか。

美醜なんて、そもそも、網膜界だし
自分が、そもそもなかったことを想像してやっていきたくも思う

目が、視力が重要になっているから
ネットも、テレビも、身体性がなくなると、たよるところは、視力になる
見えるものを信じるというテクストで
なにかの規制に束縛されているように、呼吸をし
窒息もするのは、病理である

すべての言語を吐くことができるのに
だれかは、人目をはばかり、縮こまり、愛もない縮小の世界で
どうして生きることを紡いでいるんだろうか

逃げたり、吐いたり、削いだり、殺したり
殺戮まみれなのは、原始から当然で、私たちは、とてつもなく自由で






せめて、攻めてとあなたは、いうけれど
どっちつかずだと、あなたは、いうけれど
言葉は、とっても危険で、誰かをふいに傷つけて
また、ガヤで、笑いにできることもある

あのとき、異国のあの人が、いったことの真意をほんとうに受け取ることができたら

もっと、全方向にいつも開くことができたなら
テクストを消耗させることもなく

ただゆら、たれながす言語
いつでも、たれながし、汚泥と化し
何の責任もなく、ただ、垂れ流し、
思うことに規制がないように、垂れ流し
われら、皆、不虞であり

求めるものにすがって
ちいさな大切な、おまえと、おもしろいことをやりたいだけで





カテゴリ:時空重箱レイヴ | 11:08 | comments(0) | - | -
俗と低俗と民放とWEB放送。

 
朝書いたブログがタイトルだけで中身がすっかり消えてしまっていた。失敬。

普段テレビをほとんど見ないので、バラエティがどうなっているのかとか
間接的情報でしか知らなかったのだけど、改めてチェックしてみると
民放のゴールデン帯で放送している番組が
地上派で放送できない内容をWEB版の番組でやっていたりして
そっちのほうが、断然、生々しくて面白い。


なにが最大に違うのかというと、放送禁止用語が地上波とWEBで許容量が違うからで
では、猥褻度はどうかというと、土曜サスペンス劇場、みたいな地上波でやっている
ベッドシーンのほうが、チビッコには毒だったりするのである。。。

ちなみに、男性器の俗称、ちんちん・ちんぽ・ちんこ は、よろしいけれども
女性器の俗称、まんこ は、あかん!
というのは、差別ちゃけ!と、つっこみどころもある。


そういえば、WEB放送で、これは、WEBでも放送禁止ではないのか!と
思った記事があり、

ニコニコ生放送の配信者がFMEを切り忘れプライベートを晒す羽目に 
放送後に取った行動とは?

です。

放送禁止と、放送事故の、境目は、
どこなのだろうね。


動画を見たい人は、こちらの記事から、どうぞ








雨で湿った真っ黒なアスファルトを疾走する
幾千万の足跡のなかに染みついた
駆け寄りたい時めきや
吐き捨てられた苛立ちと唾

三千世界の入り乱れのうえでに
鼻歌を歌いながら、疾走する

感情はきっと平坦で、どんな苦労もしらないように
アスファルトと夜と
黒の狭間に、宙づりにされる
かたしろが、動いている















カテゴリ:時空重箱レイヴ | 23:02 | comments(0) | - | -
概念や言葉が、固定化するときって、どんなときなのか?

 
たくさんの人は、たくさんの瞬間で、必死で
生きている人たちは、常に、瞬間の連続だ。

けものは、虫は、どういう風に、時間や、生、死を感じているのかな。

前提として、人間という知性的なもんをもってしまったうえで
「死」とか「生」という、概念をもっているので、とっても雑に「生」とか「死」とか概念で
言うことしかできない。

「概念」とは、何かということを、研究している学者は、古くからいる。
概念の多像こそ、意味の多像で、
まるで、女子のように「あたしのこと好き?」
男「ああ」
女「だったら、何で抱いてくれないの?」

だとか、反対もある。

女子「あたしのこと好き?」
男「なんで?」
女「なんでって、なに?」
男「好きだから、一緒にいるわけだろう」
女「でも、。、。。」

なんていう、言葉まみれておるわけだ。


そんな経験は、したことないし。

「概念」とか、概念や言葉が、固定化するときって、どんなときなのか?

たぶん、それは、はやり、日常にあるんだけど
もっと、哲学的で抽象化でしか、そうだ!と、いえない概念がある

バリバリ健忘症なメグでも、覚えている言葉が何個かあって
中学生のときに、幼なじみのユカちゃんが言った
「信じるとか愛とか、大切なものは、手で、つかめない」と。
かわいらしい。そして、それらが、意味できないけど、意味したいと、もがけるから
創作意欲は、わくのである。

詩も、色も。


言葉が、たくさんになってしまっているので
概念に挑まないといけないし
概念にとりこまれてはいけない。

それは、なんだ、古来の龍の想像みたい。

規定せず、立証できないから
色彩として、意味する。


もう、なんか、次の、伝達も、できるかもね。
ってか、数年前まで、テレパシー遊びしていたが。

ちなみに、メグは、全くもって、メンタルは病んでおりませんぞ!











くぐもりのなかに、あり、
おまえの、空は、何色なのか。

精神の疑惑と、
漆黒と、透明と、グレーと、さまざまな色がかけめぐるなか
宙全体が、ちゃぶ台から宇宙まで







カテゴリ:時空重箱レイヴ | 01:36 | comments(0) | - | -
常識の、如実性。植民地〜アイデンティティ〜私が何であるかの答えのなさ。

 
うぬ。うぬ。と、考えつつ、時間が経つ。
日本の歴史も噛んだところで、このご時世、経済もエネルギーも含めて
覇権のhow to  も、含めて、「植民地」というものに、戻りたくなる。
そこらへんも知らんとあかんよな、な、メグの脳内グローバル化でもある。

このブログを書こうとするまでまでに、3、4時間は、固まっていた。
多層する思考と、足りないことと、左脳と右脳の連想だ。
それは、歴史を知ることと、芸術や音楽を、まみえたうえで、考えたい。
それは、いつも思う。

どんな事象でも似たようになるけど、出自と、その時代と、それをどう捉えることが
できるのか、ということが大切、というか、自分が納得できる方向にいく。

短いブログとかでは、ちゃんと説明はできないし、
メグは、わかっている人ともっとおもろい未来方向にグルグルやりあいたいので
メグがわかっていることは、もう、みんなわかっているやろ。みたいに
ブログでは書いている。そして、まだまだわからないことを学び、
いつも自分が足りてない。

また、考える。

感じまくる人は、本を読みまくれ。
考えまくる人は、芸術にまみれろ。



そんな、知らないことも、考えないといけないことも、やりたいことも、もりだくさん。
静かにね。自我は、ミミズモードで。

認められたいとか、どうでも、ええ。
ただ、やりたいことを、やるだけだ。
言い訳は、いらん。
ただ、ひとは、やっとこさ、死ぬだけだ。

その連続で、残そうして、創ろうして、「権威」で、それは、射精で
たえまなく創ろうとする生命の、なにかが、欲望と連結している気も、ごっついする。





まあるい地球で、定規をひいたように、国境なんてもんが、まだ引かれているのは
アフリカで。分割統治したからなんだが。
メグが、まだ勉強不足なのは、分割統治という政治的問答(ダイアローグではなく
もっとシンプルな生き死にやら覇権の駆け引きもあったと思うが)


世界地図マニアに、お答えを聞きたいんだが
在りざまは、有機的であるのだが、この直線的なわりきりの在り方の
資本主義的な、暴力的な、愛のない格好って、朝鮮とか38度線とか
かわいらしいほどの、屈辱と、甘さと、餓死と、生死とか考えたこともないぜ。
という、哲学のなさと、死が当然であることがある。
多像的なことは、断言は、できない、という前提のうえで。

これらのこと、テレビで観ていることを、全体性として、そうや!って、
日本の刺激すりゃ、資料率とれるやん=民度の刺激的強度にあわせる

つまりは、うわ!!!!!!って、言わせて、なんぼ。

なので、なんだか、静かの内に、激しさは、まあるい地球でゴワゴワ
ほんま、ゴワゴワだ。
言ってる。


そこに行きたいのか、どうかも、その人の環境やら、育ってきたもんもある。
メグと同じ年でも、メグは学びやら、全然できてないし、
頭、わるいわ。ほんま。
努力は好きだけど、いっつも、足りてない。


ちこりっと反構築主義、もしくは、脱構築って、捨てぎわになているが
脱構築の、流れに関しては、もっと時空間を永くした思考で、再度
考えたうえで、顧みないといけんと、ちっこく感じている。

なぜならば、脱構築に、後進国は、そこに生きているひとは、
考える、ってことを、する。

シンプルな意味への解体は、する。
だから、疑問を、もつ。
だから、ポッセってのも、生まれる。
権力への、アイデンティティ(それは正確ではないが。アイデンティティは心理的要素であって
魂とイコールではない。けれども、ファッション=トレンドは、それが「私」であるとか
「私であることの所以」ってのを、自明化させるプロファガンダでもある。




アフリカ諸国の国境が、今日においても、定規で線を引いたような直線的な様相を
呈しているのは、白人本国の都合で住民、人種を無視して勝手に分割統治したからである。
同一民族が二つに分離されたり、対立民族が同じグループに一まとめにされたりした。
このような民族の歴史、文化、生活を全く無視した不合理な分割統治が、
今日のルワンダをはじめとするアフリカにおける地域紛争や不幸の根源になっている。
また、労働力がゴムやコーヒーなどのプランテーションへの強制労働に駆り出されることによって
起こる飢饉や、白人がもたらした文明病による疾病、
さらにソ連からの共産イデオロギーによる紛争など、
現在アフリカがかかえる悲惨な問題の根源は、突きつめるとすべてヨーロッパに
起因していることがわかるのである。















波が、打てば、ことばは超えるだろう
地が鳴れば、ことばはドドメキになり
日常は、どの常識のか、境目がなくなると

とっても、シンプルな、ただ、食うということに残り

とりあえず、餓死しないこと
とりあえず、その対象を、愛しているということ
せっぱつまって、自分の生命と、その他の生命と
どっちを天稟にかけるのか、ということ

重いように思っている幸福なぼくらは
誰かを、殺し
誰かを、生かす

神経症とか、甘いことはいうなよ
だったら、ただ、食べることが難しいことで
へらへら、笑って、それでも次なることをやることを
ぼくは、選ぶ

地球は、残念なほどに、まあるい。
ぐるぐる脳みそを、まわせば
ぐるぐる、そこに行くこともできる。







カテゴリ:時空重箱レイヴ | 04:52 | comments(0) | - | -
感圧の科学的お話に、右脳まで痺れたまんま。きみとぼくはデジタル化できない。

 
ロボットおっちゃんと、「きん電圧」の話をしておったら
朝になっておった。

シビレル左脳的話に、右脳まで、しびれた。
おもろい!!!!


満足して、寝ていた。

アナログとデジタルと、近年できる有機に近いデジタルのお話も聞けばきくほど
もりもりと面白い。
創作一段落したら、おっちゃんのところ行くぜ!なことも言いつつ
未曾有への2001年宇宙の旅ならぬ
「地獄の黙示録=Apocalypse Now」を聞いておる。



サントラのほうが、ゲットする価値、でかいのは、なんでかな。

ちなみに、だれも大好き「地獄の黙示録」の音の重なりのすばらしさは
コッポラの親が音楽家であり、コッポラが絶対音感で
重ねるのが、巧いってのも、あるみたい。

確かに。

お電話しているときに、おもしろいことを聞いているときは
常にメモっているんだけれども、
メモが絵になっているので、ちゃんと伝えられないけど、メグは分かる。。。


肉で、よかったな。
肉にくしくて、よいわ。と、デジタル苦手なメグが
安堵した寝る前でもあったり。








皮膜数、違いちがう内蔵をあさくっても
感圧は違うという
細胞まで
まさぐって

きみとぼくはデジタル化できない

大根の葉をコップに浮かべ
みどりが育つのを待つ
それは、有機な反乱士のようで

青空は、人間に何を、下したいのか






カテゴリ:時空重箱レイヴ | 05:53 | comments(0) | - | -
吠えることもなく、論説でまるめこむ、大地とはなれた生き物。

 
帰宅し、予告編で期待していなかった『猿の惑星 〜創世記〜 』を見ていた。
いやいや、これは、楽しめる映画だわ。
予告編とか、見なくて鑑賞したほうが、いいんだろうな。
予告編、TVでやっていたから、見たくなくても皆様、見ていたんだろうけど。

おもろい!ってか、楽しい、愉快な映画です。

おもろい=ディープな考えさせられる知的好奇心及び感性の助長も含める
楽しい=刹那な、愉快さ

お猿さんのアクション映画だ。
加えて、お猿さんだから、言葉がないのが、いい。
人間だと、しゃべりすぎるから。
しゃべらないから、しぐさで、伝えないといけない。
(んま、しぐさが、わかりやすすぎるのは、わかりやすいことが普通な現代人に合わせてのことだろう)

100分映画なんだが、飛ばしとばしみても、分かる。
ということは、ストーリーというよりも、見所が、演出なんだな。
ゆるい作品だと、ちょいと珈琲入れている間に、
見逃しているステキな瞬間があったりする。
とっても、ゆるい風景で、珈琲入れている数分のように、ありきたりな日常に
そのありきたりが、その先に、目配せを、ウインクをしていたりする。


『猿の惑星』を見ている最中に、我が仕事仲間で友達でダチでIT会社の社長の
オギちゃんとお電話でお話して、
メグが、やはりネットのこと知らないことだらけだし
お仕事柄、経験しておかないといけないことも学び
2007年ぶりに、アメーバにアクセスして、それの、ネットコミュニティに頑張って近づいたけど
50メートル走していて途中で、こけた小学生のように・・・
そのように、メグも、こけて、

嗚呼。

と、めんどくさいことが苦手で
ゲームが苦手で
友達をたくさん作りたくない、という致命傷をもつメグは
やはり、そろそろ、やっぱり、そろそろ。。。。。なのだ。。。








うえへ、うえへと、上気するきもち
鳥みたいに、羽ももっていなし
猿みたいに、足指もじょうずにつかえない
尻尾もないし、お尻をきられたら、血を流すだけで
再生もできない

ぼくらは、脳みそだけは上手にできているようで
たいけん、と、ちしきの、つみかさねだけで
じねん、の上に成り立つ

うえへ、うえへ、と、あがったつもりになっていて
飛び上がりすぎては撃沈されていく喜怒哀楽
とびっきりの、残酷さと
このうえない、愛情と

とびあがりすぎて、大地と切り離されると
根っこがない食物になってバイオロジックで
知恵で、培養されていく
もう、いっていて、いって、うえへ

とうこうきょひは、しないほうが、いい
とうこうしょうだん。で、いこうか

校長先生も、専門家も、もう自由は得ているので
いきるってことを頭でわかっているけど
ぜんぜん、温泉につかっているお猿さんと同じみたい
いいとき、瞬間を、ひきのばして

進化していることも考えないで
どこかが悪化している

かゆいところを、まちがえていく










カテゴリ:時空重箱レイヴ | 01:14 | comments(0) | - | -
ジャズも伝わった大正時代は短いけど濃いかった。

 
長かった年表づくりも、今夜で入稿だぁぁぁ! がんばったどー。

こんな感じ。A2サイズで印刷するのだ。



しっかし、大正時代って、15年で終わっているから、影が薄くて
大正デモクラシー、ぐらいしか思い浮かばないけど、濃密なる激動の時代だなー。


戦争やら、満州進出やら韓国での反日デモやら、関東大震災。。。。
貧富の差、差別撤廃の運動やら、激しくカラダも気持ちも動きまくりである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1912年− 大正天皇が即位、辛亥革命により清朝崩壊中華民国成立
1913年−大正政変
1914年− 第一次世界大戦! 桜島噴火し大隅半島と陸続き、国産自動車登場、東京駅開業
1915年− 21か条の要求(中国に21か条の要求を出し、満州へ手をのばした)
1916年−吉野作造「民本主義」提案
1917年−ロシア革命!中国での日本権益の関する米国との石井・ランシング協定が成立
1918年− シベリア出兵、米騒動、第一次世界大戦終結
1919年− パリ講和会議、カルピス発売
1920年− 国際連盟に加入・常任理事国に、尼港事件(住民虐殺事件)
1921年− 原敬首相暗殺、
1922年−ワシントン軍縮会議、四カ国協定(日・英・米・仏)を結び日英同盟を破棄、 全国水平社
1923年− 関東大震災!
1925年− 普通選挙法、治安維持法
1926年−大正天皇崩御

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



文化的には、『カチューシャの唄』をはじめとする数々の歌謡曲が誕生。
ジャズも大正時代に日本に伝わった。
「俳優・女優・歌手」などの職業が新しく誕生して、その後の大衆文化の原型が生まれた。

『カチューシャの唄』











あっちの世界から斬り放たれることは
死に、近しかったり
感じることの翼を、もがれるぐらいなら
創ることができないなら
軽々と、首つりの輪っかのなかへ

まるく、まるく
この時代の人が求める中庸のバランスの輪で
アイロニカルに笑ったまま
時代を憎もうか
いや、にほんを

いや、にほんじんを

文化は削がれ
思いも削がれ
島国に残されたのは電子箱中村八分

さよなら、にほんじん









カテゴリ:時空重箱レイヴ | 21:28 | comments(0) | - | -
ネアンデルタール人への興味むくむく@ヒューマン。なぜ人間になれたのか。

 
NHKスペシャルでやっている、

『HUMAN

ヒューマン。なぜ人間になれたのか。』

が、むちゃんこ面白い。
NHKの番組サイトのリンク



人間とは何か。
人間を人間たらしめているものとは一体…。

現在、地球上に70億人いる人類。民族、宗教、イデオロギーは様々ですが、
誰もが共通して持つ“人間らしさ”があります。
それは20万年という進化の過程で祖先から受け継いできた、いわば“遺伝子”のようなものです。
絶滅すら招きかねない環境変動、立ちはだかる強敵、集団間の対立などを乗り越えていく過程で
“遺伝子”は生まれ、受け継がれていきました。
そして、それは今も私たちの行動を左右しています。

震災からまもなく一年。
私たちはどのように生きるのか。私たちの底力とは何なのか。
考古学・人類学・動物学・脳科学・心理学などの最新成果をもとに、
すべての人類に受け継がれている“人間らしさ”の秘密に迫ります。



アフリカから世界各地に広がっていた現生人類・ホモサピエンスは
50万年前に旧人・ネアンデルタール人と分岐しており、
ネアンデルタール人は、ヨーロッパで20万年前出現し、2万数千年前に絶滅している。
なぜ絶滅したのかは諸説あり。

色は白く、髪は赤毛に近く、レスラー体型

(165センチぐらいで80キロ)というのは驚き。



DNAから復元したネアンデルタール人・・・・

むっちゃ男前やんけ!と、思ったら、、、、、女性であった。

ちなみに、こういう模型?もある。

とっても、かわゆい。



骨太で逞しい身体をもったレスラーなネアンデルタール人がなんで滅びたのか?
とっても興味深いところ。

ネアンデルタール人とホモサピエンスを比較してみて
使っている道具は似ているんだけど、ホモサピエンスのほうが、どんどこ
新しい道具を作り出している。

ガチンコ体型のネアンデルタール人は、3メートルほどある槍を振り回す派だったのだが
ホモサピエンスは、飛び道具を発明し、100メートルほど遠くにいる小動物も捕まえたりと
知恵を働かせている。


ネアンデルタール人よりもホモサピエンスのほうが、集団を作って生きていたらしいから
知恵の結集ができていたのかな。

ちなみに集団サイズ=大脳新皮質と比例しているようで

・テナガザル・・・15匹
・ゴリラ・・・35匹
・チンパンジー・・・65匹
・ヒト・・・150人


しっかし、ホモサピエンスがオーストラリアに渡った5万年前には
巨大な動物が沢山いたけど、道具の発達なんかで絶滅している。

多様性が流行っておる現代だけど
当時の多様性って、すさまじかったんだろうな。


どっちにしろ、地球には人間が多すぎて問題多発や。


ナショナルジオグラフィック ネアンデルタール人 その絶滅の謎 のリンク




<放送予定はこちら>

◎第1集 旅はアフリカからはじまった
2012年1月22日(日) 午後9時00分〜 総合テレビ
◎第2集 グレートジャーニーの果てに
2012年1月29日(日) 午後9時00分〜 総合テレビ
◎第3集 農耕革命 〜未来を願う心〜(仮)
2012年2月19日(日) 午後9時00分〜 総合テレビ
◎第4集 そしてお金が生まれた(仮)
2012年2月26日(日) 午後9時00分〜 総合テレビ







かげ、と、ひかりがあまりにも
分かれるすぎる季のひとこま

カラダのなかにもある水球の
しょりしょり、あまい恐ろしさ
こころの炎は毒草の野焼きのように
ああ、ゆたかな波となり
まぼろしの泉をさがしていく

ケモノの眼をギラつかせて
この波を、斬れ
その神を、犯せ
あの海まで、焦がせ

道化師の衣装をきた骸骨たちが
ウインクしながら
わたしが確実に掴むことのできない
唯一、に、恋をする




カテゴリ:時空重箱レイヴ | 01:12 | comments(0) | - | -
2月19日(日)『封印された福岡史の真実』のお知らせ。

 

ついに、1ヶ月後に迫りました。

『封印された福岡史の真実』

◆2月19日(日) 午後1時半から4時45分まで

◆会場/アクロス福岡 4階 国際会議場

◆申し込み/NPO法人福岡歴史研究会(電話=092−833−7576)
 担当者直通電話/090−3324−9879(釘宮)

です。ふるってご参加下さい。






辛亥革命100周年特別企画
自由民権運動から、辛亥革命まで。語られなかった史実に、いま、迫る!



自由民権運動から辛亥革命における玄洋社の活動は、福岡人にとって
誇るべきものであり、その精神・人脈は今もなお息づいています。
しかし、ベールに包まれた近代史により、福岡の偉人たちの史実には
明らかにされていないものがあります。
本イベントでは、福岡が生んだ、たぐいまれな群像の情熱と行動を紐解くとともに、
これからの福岡やアジアの未来を考えるきっかけとなる
充実の内容でお届けします。



第一部・石瀧豊美先生の講演

「孫文を助けた玄洋社」

第二部・パネルディスカッション

「過去から未来へ、考察する激動のアジア」


です。
縦横無尽な知の冒険に興味がある方、
福岡史にちょいと足をつっこんでみようか。という方
皆々様、ご来場くださいませませ。



カテゴリ:時空重箱レイヴ | 20:59 | comments(0) | - | -
菜食する普通と、主義に走る人たち。トルストイの顔、初めてみた!

 
この寒い季節のお野菜は、甘くって、美味!
なので、野菜を食べ過ぎてしまう。
「野菜太り」ってのを、してしまっているほどだ。

メグは、ベジタリアン!という主義ではなくて、
ただ、単に、野菜が、好き。なだけなんだけど、歴史上には
ベジタリアン(菜食主義)も、たくさんおる。

アインシュタインも、ピタゴラスも、プラントン、ダ・ヴィンチ、ワグナー
その他、もろもろ。いるんだが。

なんでか、メグってば、トルストイの顔を知らなかった。
彼も野菜派。



うおぉ、と、思ったのは、本を読んでいるのに、初めてトルストイのお顔を尊顔以上に、
アイヌやんけ!!!と、思ったんだ。
ロシアの太古の民族風俗について、調べたくなっちゃうね!

民俗学で、少数民族を詳細に書いているのだろうと、思っていても
東南アジアは、少数民族が、多い。
でも、日本の民族を記載されているのは「琉球民族」「アイヌ民族」「日本民族」とある。

「民族」を、どこで、分けるのかは、とっても難しいところだけど
(方言で分けるのか、イデオロギーで分けるのか)とか
日本は、島国で島国な国は、他にも、いっぱいあるけど、
世界で、一番、日本は、長くつづいている国なんだわ。
これ、とっても不思議でありつつも、その時代の希有なるタイミングやら
もともと、島国であって、理性的に、考える思考が、定着していなかったこともあるんだろう。
だまされ、だまされ、いっこの塊になったといっても、いいだろう。

他国のほうがそうであるように、血がまざりあわさっているから、
メスチーソみたく、混血を、言うこともできない。
もう、どこまで混じっているのか、わからへんわいな。だ。

そうだ。菜食の話。トルストイ。「戦争と平和」だ。

肉を食わなければ、平和になるという、極ベジタリアンも、おるみたいだけど。
彼は、そんなに、アホではないと、思う。




 トルストイ(1828〜1910)ロシアの小説家、思想家。59歳で肉食をやめた。
「動物からもたらされた食物を神が許したという風に信じさせられた結果、
人々は動物を食うことを悪いことだと考えない。が、これは間違っている。
たとえいかなる書物に動物を殺したり食ったりすることが罪悪でないとかかれていようとも、
それ等のいかなる書物におけるよりも遙かにはっきりと、動物をもわれわれ人間と同じように
憐れんで、これを殺したりしてはならないと言うことが、
人間の心の中に書き記されているのである。
そして我々は自己の内部の良心を殺さない限り、みなその事を知っている」



パキスタンのフンザ族は、菜食しているようだ。と、調べたら
あまりにも、美しい風景。溶けちゃいそう。
「風の谷のナウシカ」にも、参照されたみたいだ。






そんでもって、資本主義牽引しているアメリカで、
2004年に、マック喰って、デブになった裁判があった。。。
からの、ドキュメンタリー映画。

全部で、13まで、ある。

日本の戦時中のレシピの本も読んだけど
「味の素」が、当たり前のように出てきている。
メグ、「味の素」使ったこと、皆無。
だって、化学調味料、舌がピリピリするもん。









だれのテーブルにも、にくしみもなく
赤いトマトがおかれている
キリストのリンゴでなくて、よかったね

まるく萌えるトマトを、びちゃびちゃにつぶして
その種になった、きみは、しるだろう

だれのテーブルにも、にくしみもなく
食卓のうえに、熟したものがあれば
それだけで、生きる一日があり




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