太古からの復讐。  愛と、死の、表裏一体で、いつも、ぼくらは、生きてきた。
 
相当、感じることに、数年も、使う。
相当、それが、本位なのか、真とはなんだろ。とか。

まずは、生きるために、必要な物事を脳核に、据えておるので
生はあるけど、死にも近しいし、死を求めるようなゼロイチ思考でもなく
精神的に弱い、責任を負うことの全体から、逃げようとも、思わない。

という、常識は、非常識のような様相が、ここ10年ぐらいか。

たとえば、翻ったとしたら、何色なんだろ。
よく、思うのは、「色」の感受と、「音」の、感受。







感じることも、考えることもできるチクタク

自信もある、潔癖で
誰をも受け入れる、潔と
さんずいで、既定する

愛したたましいを、忘れることができず
消してもなお、見えざるにおいが
我の霧と可視












カテゴリ:宙空破天レイヴ | 03:44 | comments(0) | - | -
「万象の存在の間=挟まれ」。”挟まれる”とは基本的欲求。

 
朝からアトリエ。今日は抜群に晴天なので、昨日創った「挟まれチャポ」たちが、乾いてきたぞ。
ゆっくり乾かさないと、ヒビが入るので、日陰で乾燥させます。



そもそも「挟まれチャポ」シリーズを創ろうと思ったきっかけは、
ちびっこのころ、押入の中や、布団と壁の間とか、隅っこのほうを好んでいたりしていて
そういう欲求は、子宮のなかにいるときの思い出のような、

安堵感への欲求があるのでは!と、思ったから。

派生すれば華厳経の「間」にも通じるようだ。
大人になると「人と人の間」というコミュニケーション力を磨かされてしまうけど
人でなくても、存在は、あっちこっちにあるので、

「万象の存在の間=挟まれ」という事象を求める のは、

人間でなくても、生き物ならば、どれでももっている基本的なもんなんだろうな。


表現する人とかは特に、人との関係性ではないところの世界で、コミュニケーションしてる
時間が、多いように思う。
例えば、季節や自然や、宇宙やら、音やら、色彩やら。。。。。。
人間の間だけで生きてないので、問題や想像は、対<人間>は数%で、
もうもう、もくもくと、いろいろな世界に浸透し、創造の源を頂戴する。

人間関係のしがらみに、ひっぱられることないので、
空に垂直に伸びることができるので、愉快であります。
故に、また、社会人としての凹みもなんらかあるんだろうが。笑



ということで、レッツ・クリエーション!







花をみれば、蜂になり
草にさわれば、蟻になる
大樹にのぼれば、サルになり
小川に足いれ、お魚さん

とことこ、ことこと、お散歩中
地球のうえで、てくてく、くるりん

風にそよげば、又三郎
なんにでも、なれる
どこにでも、ゆける



















カテゴリ:宙空破天レイヴ | 10:19 | comments(0) | - | -
真善美を考える。ガウディのサグラダファミリアのミサのgloriaへ反応するし。

 
死んでも生きている人は、沢山いるが、その中の一人が、ガウディ。

母上がガウディ好きだったので、その名は知っていたけど
うぉぉぉ!ガウディ!と、思ったのは、彼がデザインした椅子に座ったとき。20代前半。



何気なく座ったのに、椅子がうねうねと生きていて、びっくりして、
お尻を水面を飛び跳ねるお魚のように、パシャンと、跳ねてしまった。

そこから、ガウディに惚れ込んでいったんだけど、
サグラダファミリアが完成!(2010年)とのことで、
ミサが定期的に行われていることを知らなかった。




この動画に、「グロリア」の英語が出てきていることに、反応しちゃうメグである。

うん。キリスト★グロリア。

グロリア、というタイトルの音楽を奏でている人は、たっくさんいる。
クラシックでもロックでも、日本でも。

ドアーズの、グロリア。



メグは、思うわけだ。

日本の精神に、Gloriaは、あんのかと?!

栄光、神をたたえ賛美するという意味もあるが、
本当は、どっちの意味なんだろか。


栄光と成功は似ている。
日本の精神文化は、成功よりも、生き方の美学を求める。
貧乏でも、世に突出しなくても、この一体の人生が、慎ましくも清廉なる生き方をすることが
日本人にとっては、美だ。

それが、善なのか、真なのか、わからない。

真善美が、一緒に語られることも、甚だ疑問なんだけど。

鼠小僧も、石川五右衛門も、義賊であり、世間では「悪」だが
自分の美学を貫いて、死んだ。
それが、真なのか否かは、個々の思うところであり、時代により、またフィクション化されたりするから
当時の義賊への心象を、きちんとおもんばかることはできない。


でも、思うんだよね。

真善美は、一緒でないと。

真=イデオロギーであり、時代時代で変化する。

善=一個人の道徳的行動であり、それに自信をもつことはできない。

美=超個人的な精神と、意識と感性の直観
(直感ではなく・観は、のべて感ずるが、感は直情的)だと。



明恵の「阿留辺畿夜宇和(あるべきようは)」を振り返る。



時により事により、その時その場において「あるべきようは何か」と問いかけ、その答えを生きようとする』もの

明恵について書いた記事。ぜひぜひ、見てくだされ!!リンク!!の、おもろいよん。





イスラム経済と、かつての日本人の精神性をまぜまぜにしたら
おなじような、「いま」という瞬間の連続性で、未来を創る
という経済が、できるように、思うんだけどな。











白紙を与えられた未来が、ここにある
想像力だけの、未来が、ここにある
敢えて、なぜ、想像したのか

ぼくらの間の具象をとってみても
許可された小変容の音があるし
それは、無名で死んだ作曲者のようだ

最高の自在の彼方を求めるなら
久しく、口をつぎみ
永遠を、愛し
学びつづけ

その後、満たされることなき魂の由縁に
行きつきの
時代の、循環


卑しき人間は、めぐりめぐり、くりかえし
変音、する






カテゴリ:宙空破天レイヴ | 07:24 | comments(0) | - | -
閃輝暗点を再度やらんとな。この無垢なる感傷の、キキキ、ズズズ

 
氷山の一角でしかない思考の水面下の閉ざされた場所に
いく実験は、好きなのでやってきたんだけど、どうも、メグは、脳内キャパシティが小さいみたいで
右脳と左脳が飛びすぎて(もっと頭がよろしい制御できるとか、そもそもキャパでかい遺伝子の
人はさらにバリバリだと思う)

閃輝暗点の症状が出た頃から、思考が守りに入っている。


閃輝暗点は、脳内いっぱいいっぱいで、目の前に幾何学模様ででてくる。
加えて、具合わるくなる。
体感の世界ではなくて、脳感の世界が、今になるので、あふれてしまう。
症状としては、貧血なのであるが、メグは貧血とかなったことないけれども
むっちゃくっちゃ思考ダイブすると、なる。

そのときは、反応が鋭敏なので、そのときに、違和感とか感じたら、たまらん。
しかも、これまでの、閃輝暗点のなかで、一番激しくて、
脳溢血の症状かと思ったのは、東大であった。。。。。。。

しかも、難しい話ではなくて、えらそうな知性で、ホットスポットを語っているの巻。

と、普通なら、聞き流せばいいところを、メグは、その善意と虚飾と、
その奥にある金銭の流れを感じてしまい、いちいち東大でやるのに、、、ってのもあったのかも。
それが、公民館だったら、大丈夫だったかな。

その一つ前に、閃輝暗点、をやってしまったのは
実家に帰っているときに、幼いころから行っている三角公園で、本を読んでいたとき。

『神の発明』  中沢新一   を、読んでいたときだ。



アボリジニーも、「内部視覚」の体験をつうじて、人類は心の底に
「思考の及ばない領域が広がっている」ことを学び、
それが超越的な神の世界を想像することにつながっていったのだ、という。

スピリットたちが徘徊する宇宙から、人間とのあいだに絶対的な距離を保つ唯一神が
誕生するまでのプロセスを解きあかしていく。
そこから、「一神教の思考法」がつくりだしたシステムが横暴な国家を生みだし、
「地球上に単一のグローバル文化」を広げる原因になってきたことが見えてくる。




『限界の思考』 とかは、大丈夫なのに、
右脳と左脳がグルグルになると、脳みそが、ジリジリと焦げていく。。。。



もっと、キャパでかく、なりたいなーーー。







この無垢なる感傷の、キキキ、ズズズ
ささげもつべき、ぼくらの
ひとつの大きな空は、あお、あお、あ

あ、突発寸前の、母音への
さかいめのない季節に、抱かれて、時の区切りを知る

この碧さのなかで、
ひとつの素朴な歌をうたえば
夏の鳥たちは、ここに、くるだろう

この碧さのなかで
ふたつの協奏をひびかせれば
億光年の幸いをもとめる、微笑に、なるだろう
ぼくが、喜嬉するときに、きみは悦びをしまい
きみが、頭豆するときに、ぼくは事ごとをひろげて

無垢だといって、それを間違えては困るよ
もたれあったり、こころを寄せ合ったりしながら
ちゃぶ台と、宇宙のはざまに壁はなくて

ただ、いまの、うるわしい
ただの、いざなみ、いざなぎ




カテゴリ:宙空破天レイヴ | 02:09 | comments(0) | - | -
信じることの煩悩三段階いったりきたり。「時」をまずは信じることが大切で。

 
福島原発2号機の原子炉圧力容器底部の温度計が

記録上限の400度を超えて振り切れる・
・・・・・と、

「信じる」の基準そのものが崩れております。そんな昨今。



信じる=煩悩なわけで。


これは、人というものの心の核心、時代を形成してきたものの核心に触れるような出来事で、

  攷佑鮨佑燭蕕靴瓩觀襪咫⊃祐峇愀犬梁μ漫
気持ちの側面
◎ 信じることができるということは素晴らしい
◎ 信じることはたやすい

◆ 攷佑不安と恐怖から逃げたい、救済の側面】
宗教的側面
◎ 困っている人はワラにでもすがって寸暇でも信じようとする
◎ 信じることで救われる

 【人が作り出した科学を絶対視する、科学に胡座をかくの側面】
傲慢な側面
◎ 数値の説得力に無意識的にも共感する心理
◎ 人の心理を惑わす数値に対する疑念も生じる

これら、,らをいったりきたりしてるなぁ。



信じること一切しない=精神的不健康


結局は、信じることをしたがっている人たらしめるもんがあるんだろう


いや、イノチというものそのものの生理かもしれないね。

信用、信頼しなければ、不信、とかいう西洋的二元論ではなくて
そもそも、時間が存在していることを思わないといけない。

経年する。
つまりは、変化する。
つまりは、進化し、劣化もする。
つまりは、万物、時により、形状が変化する。
かたちがあるものも、ないものも。

それを、まずは、根に据えて、信じれば、ええ。


変化していく、これからも変化していく。ことを、大切にすれば
思いこみに惑わされることもなかろう。



いやはや。
いぇい!ついに幕末維新年表バージョン1の入稿完了!

そんなこんな本日のBGMは

spaceman3











めんどくさいことが、おおいから
やってから、吠えてほしくなり
やらないのに、理屈団子をこねて
せかいの音符で、もう、けっこう、おなかいっぱい

うざいし、どうでもいいことばかり声高

やつこそ日の丸にっぽんの酋長だね
うすらハゲで、油っぽくって、どでんと座っている
なにより問題なのは、酋長のよこにいる家来たちだ

めんどくさいことが、おおいから
もっと、じぶんを守ることをせずに
もっと、無垢の
さわがしい、宙次抱擁







カテゴリ:宙空破天レイヴ | 23:43 | comments(0) | - | -
「私」意識と、自己同一性
 
たくさん夢を見る。
そして、夢に起こされて、夢を見たくないから寝たくないこともあった。
一番最悪な夢は、目の前を、ヘビの柄が延々と流れている、それだけの。夢だった。
夢のなかで、夢って、わかっているのに、夢を離脱できないのは、苦しい。


「私」に、ふいにもどるときって、夢から覚めたときだと言う。
当たり前だ。
夢をみているときの、それが夢であることを意識してないことで
ずっと、生きていくことがあれば、それが、その人のその「ひと」たらんこととなるかもしれない。
意識にとってての全部は経験したことがないし
まずは「死」を経験したことがないので

意識の自己同一性

に関しては、若人のとき離人症にもなったり、いろいろな精神反応があった
自分の記録をひるがえると

そして、母上から「私が、私じゃないって何?」と、いつも問いかけられる疑問でもある。
右脳アッパーなメグは、麻薬性。っての。

酔っている感覚に気づいてない人っていて
酔っている感覚って、理屈ではないし、そうでもないことに
身体をもたげている。
ちと話は、それたが、「私が、私じゃない」ということを、いちいち言うのは
そうではない感覚をもっていたからで、別段、ふつうな、生き方をしておるのだす。


今日だけではなく、いろいろあって、
「私は、なぜ、私なんてことを、私たらしめているのか」

もっと言えば「私はなぜ私なのだ」の、問いかけ、いっぱいだす。いつも。

たとえば、夢のなかで、夢みて、その夢のなかで夢をみたりして
その夢がステキで、その夢の世界で永遠生きたいとか、思う夢もあるけど
夢は、醒めるってよか、夢は、切れる。

そんな夢も、含んだ上で、わたくしは、わたくしになり
明日も、また、違う夢を見る。


私が、だれでもない私であることって
やはり、麻薬性であると、いまになっても、思う。


自分に、恋をしている麻薬だ。

そうでないことも、経験しているので、そうではないか、
と、その検証は、何度もしている。







目覚めることに
わたくしであることに、ほっとしては嫌気もさす

等身大では、いつも、ありえず
あなたのほんとうも、わたくしのほんとうも
未曾有かもしれないけれども
バラバラになると、その正体はバレて
きょう、知った

人間は、いかに、愚かなものだという、かなしいドラマ

おまえと、生きていく人生を一切考えたこともないから
わたくしはラクになるだろう
あなたの哀しみは、言葉にしてはいけない


腐れ人間よ

同位と成るなら
音符で
闘ってくれ
さらに、超える世界まで





























カテゴリ:宙空破天レイヴ | 09:39 | comments(0) | - | -
時代における「価値」を、グローバルに、認識できる自分にならんとあかん。

 
なんだか、日本の自殺率も高くなっておるし、さらに高くなっているだろう。
TPPに参加すれば、さらに、自殺率も高くなるかも。
と、軽々と、思っている。

遺伝子組み換え食物は、食べたくない、っていう意識で、みんなあれば、いいだろうし
そうなれば、日本の全うな、いじられない植物が、クオリティ高いぜ!と
なることを祈っているし、メグは、その農業をひきつきたいと、思っている。

本日、ダチんこから、メールきていたのを、思い返す。

・・・・・・・

納得のいかないものを、納得いかないまま、疑問にも思わず
ただ、その仕事を与えられているからする。
みちあな馬鹿といまの仕事を引き継ぐのはイライラする。
向上心とは言わん!
少しは、考えろ!
そんなのは仕事をしているのではなくて、させられているんやで。
と、言いたくて、イライラしています。

・・・・・・・

メグは、金儲け主義になりたいけどなれない、アホなので
次世代におもろい仕事しかできない貧乏なのであるし
共創じゃないと、ほんまにイイ仕事できないと思っておるので
さらに、貧乏道を、まっしぐらで、すんません。だ。



お仕事って、やりたいことを、やることで。
やりたくないことに、どういう、価値で見積もりしていいのか、
いまでも、わからん。


だって、かしこい人に、柏餅を、いっこやるのと。
アホに、柏餅、いっこやるのは、
同じ価値なのかな??????

かしこい人からは、学びがあるから、差し引きあると、思ったりする。


でも、アホは、価値っていうものさえも、
認識してないし、自我が強いから、価値ってことの世界観さえも、
わかってなかったりするので、めんどくさい。


ので、時代における「価値」を、グローバルに、認識できる自分にならんとあかん。

という、お話。
日本という、物差しは、ずっと、終わっている。
クオリティに、眼差しを向ければ、世界多様な自分を創らないと
鼻くそ、でもある。


日本人というスペシャリストで生きるのか(文化)
地球人として生きる、何でもできる人(ビジネス)か。

うぬ。どっちをチョイスするのか。だ。








夢のなかで、蟻地獄におちていって
砂粒は、もう、すなのほとけさんのようで、
ようやく、ぼくは、成仏できるのだ、

と、そうすると、ゆるやかに溶けそうになるとこ
あまい試作を超えて
おまえが、ナイフをたたてくる
ありがとう、ジャックナイフの、おまえ

くちびるをふさいだまま
謎と業を、見て遊び苦しみ責めて
科学的に、なんてこともふりはらって

死屍の、果てまで





カテゴリ:宙空破天レイヴ | 03:01 | comments(0) | - | -
構想力。強制されている状況からは空想力がはばたくはずがない。

 
1週間ぶりぐらいに仕事仲間のオフィスに寄って帰宅。
その仲間オフィスの隣人が、とんでもない変人なのである。
もう、それは、笑えない程度、深刻な変人。
事務所を構えているオッサンなんだけど、全裸で廊下で寝ていたり(すっぽんぽん)
廊下にゴミ屋敷のようにモノをだしていたり(何度も)
え!?これで、事業やっておれる人格なのかいな????というぐらいの変人なのだ。

思索・創作する、奇人変人は、好きだけど、
こいつは、いやいや、メグの嫌いな気持ちが悪い手の奇人変人。

一方、奇人変人面白人も、世の中には、ものごっついいる。

風呂上がりに、ポチっとつけたNHKで
爆問学問「古武術でカラダ革命」をやっていた。途中から見た。



柔道王・吉田秀彦が古武術と初対決。禁断の異種格闘技が、ここに実現。
爆笑問題が目の当たりにしたのは、小さな力で相手を崩し引っくり返す
「虎ひしぎ」「平蜘蛛(ぐも)返し」など、仰天技のオンパレード。
甲野善紀の技を最先端のロボット工学で分析すると「常識では考えられない体の使い方」を
していた。介護や荷物運びなどを劇的に楽にする技とは? 
指の形ひとつで緊張しなくなる方法とは? これを見ればあなたの体は変わる!



と、ちょいと、大げさな表現で書いている。
ゲストとして、出ていた、武道家の甲野善紀さん、柔道家金メダリストの吉田秀彦さん、
東京大学教授の國吉康夫さん。
お三方とも、プライベートでお話をしたことがあるお方で、とってもユニークでステキな人だ。

こんなに、自分の道を、極めることができたら、どんなに、大変で、それ以上に、幸せだろうと思う。

甲野さんは、昔は荷物を担ぐとか、紐を結うとか、当たり前に伝承された身体の働きが
いまは、失われていっており、昔は重いものを如何に”ラク”に担ぐかで筋肉を使っていたのに
いまでは、筋トレとかで重いものを”重い”と認識して、担ぐようになっている、という。

目的と意識の違いだ。

労働多々だと、筋肉を気楽にさせて、長時間、身体を使えるほうが、有用。
日常的な所作が、自分の身体を作り上げているほうが、
”じねん”な、意識と身体を、続けることができるんだろう。

これは、定年退職して畑やっている父上、また40余年陶芸をやっている母上の
身体の所作を見ても、ああ、そうだな。と、思う。
身体的に楽な姿勢を長時間とれるような、足の位置、手をたむける土台を
調整している。




強制されている状況からは空想力がはばたくはずがない、休んで初めて
人間のイマジネーション(構想力、空想力)がはばたく。
空想力というものは、「休む思想」からしかでてこないのではないか。
働きづめに働いて、そのあげくに出てくる構想は、しょせんたいしたことはない。
あるいは、たいしたことはないどころか、間違った状況に
その構想力がいってしまうのでないか

<多田道太郎>


を、ふいに、引用したくなる。


構想力って、ビビッドで、創造力よか、言い得て妙な、いまを串刺しにしている。

コンセプトをしっかりして、枝葉が、構想力なんだけど
なんだか、クリエーション=創造も、安っぽくなっていて
ビビッドであれば、ええ!みたいな短絡的な、時空間が短いのに、違和感はある。ありまくりる。


再度、自分ができることを考えて
構想力×創造力!!!! とか、熱くなってみたいけど
やっぱり、なんか、ちゃう。
そこには、メグには足りない知性が、あるのだ。


アッパーアクションもやった
哲学思考ネガティブまみれもやった
そして、人間不信って初体験も克服しようとしている

次の、課題は、なんだろね。
なんだろにゃ。

はやく、来て、おくれ。









思い出をすべて消しゴムで消すことができたら
ぼくは、もっと、力こぶが、でかくなるのかな
過去は、アミノ酸も保っているのか

いま、しかない深海で、死んだ人のように、泳ぎたいと思う
すべての意識を、外の面の波に入る太陽
消えることを、麗しんで、
泡ぶくの、さいごの、しゃぼんだまの息で
ぼくは、なんと、吐こうか

永遠に、プラトニックなまま
世間に、プラトニックなまま

男は臆念の精子をふりまき
「帰りたい」と、思いながら愛らしい汗をかき
哲学モードになっては、酔い醒め

おとぎ話に夢中
ほんとうに、ほんとうに、ほんのほんの、ほんとうに

男は、帰りたがり
女は、守りたがる
























カテゴリ:宙空破天レイヴ | 02:16 | comments(0) | - | -
墓掃除@自然と寄り添わないライフは、異常である。

 
朝イチから曇天の中、墓掃除へゴー。

前日に父上が草刈り機で草刈りしていたときに
はねた石が母上の軽車のバックドアガラスに当たり、バックドアガラス★ナッシング。
な、状態だったので、替わりにビニールをビニールテープで貼って出かけたのであった。
メグ的に、かっちょええ。笑

草刈り機やらブラシやら重曹やら竹ぼうきやら詰めこんで
まず、向かったのは、兄貴の亡き母の父方のお墓。

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ここらの畑には、アライグマが出て農作物を荒らして大変だと。

山道をテクテク歩くこと15分ほどで、お墓に到着。

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汗だくで草刈り&墓磨きをしおわったころ、雨が降ってきた〜。

お次は、英彦山のふもとの、母上の両親(母上が生まれてすぐに他界)系のお墓へ。

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草刈りしまくったものの、木が濡れていて、燃やせず。。。。。
草木焼きは、次回へ。
こちらも、草刈りと墓磨きが、終わった直後に、雨が降り始めた。

グッドタイミング。

そして、温泉で、汗を流したのであった。

温泉からの眺め。
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久しぶりに、1日のうちで見ている色彩が
ほとんど緑!な、ステキな一日。

見ているものの色が違うと
精神の鋭敏さ、清さも、変化するなー。当然だが。

やっぱ、自然と寄り添わないライフは
異常である!

と、痛感の巻。










この血と肉が、緑にはじまる。

緑を割って、わが戻るところ
産毛がさかだち空を嗅ぎ
手足は魚のひれとなり
歓喜し樹陰に泳いでいく
この眼の鋭きヤイバは光る。

清らかに、われらの血はながれ
刹那に、われらの肉は朽ち
嗚呼、鋭きヤイバは光り
緑のなかにこの身を納めんとす。

愛の営み、緑を生み
われらのたましいは、萌えゆき
烈する涙のごとく
海の蒼に潜っていく。

ひそかに息づき
生命は歓びの感情を伸長する。

赤と緑の、ヤイバが溶けて
うぶすな、一握
大地の、歌よ。




カテゴリ:宙空破天レイヴ | 21:10 | comments(0) | - | -
本質を、ライフにしてない冒険家は、いっぱいおるのでござんす自己正当化。


『イントゥ・ザ・ワイルド』のクリスと、『サハラに死す』の上温湯隆は似ている。

『サハラに死す』の上温湯隆は、1975年22歳でサハラ砂漠で、渇死した。
東京都世田谷区に生まれ、都立町田工業高校を一年のとき中退。
1970年〜1972年に海外ヒッチハイク旅行を行い、
アジア・中近東・ヨーロッパ・アフリカなど50余国を旅する。
その間サハラ砂漠の縦断を3度(1往復半)決行している。
そして1973年には、今度はラクダによるサハラ砂漠単独横断に挑戦し、帰らぬ人となった。死因は渇死、ラクダが逃げたことが原因と考えられている。

ラクダに乗ったことがないのに、やっちゃっている。

冒険家との違いが、ここにある。
自然を、甘くみてしまっていて、勢いだけでやっちゃう。
訓練が、ない。

植村直己は、1971年に、南極横断距離3000kmを体感するため、
同距離となる北海道稚内市から九州鹿児島までの国内縦断を徒歩51日間やりーーの、
グリーンランド北部でのエスキモーとの共同生活を経たのち、
1974年12月から1976年5月まで1年半かけての北極圏12000kmの犬ぞり探検に成功。

目的を達成するために、長い時間をかけて、過酷な地で生きていくための学びを
その土地で生きている人から、学ぶ時間を多くかけている。

上温湯隆が残した言葉で、ぐぐっとくる一言がある


冒険とは、可能性への信仰である。



現代にも通じる。

そして、思う。
可能性の不必要性に、足を踏み入れたとき
どの可能性が必要になるのか、とも。


個への固執は、安易で
中空への広がりは孤独であり
支えもあり、あたらしい光への道程。



指先で、繋がることは、なんだろうね。
ツイッターするよか、旅したほうが、
豊かだと、思うんだが。



んでもって、彼の母上が若人に約束せしめせんとした、言葉は、さらに核心にいく。



「日記を綴ることの意義、ついで、安否を知らせるのは便りしかないのだから
葉書一枚でも文通すること、
一個の人間でも他国にあって代表的印象を残すことの意義の深さや、
自国の誇りを保つこと、
たとえ言葉が通じなくても、誠実と愛情があれば人種の別なくとけ合えること、
金銭の貧乏より心の貧乏は恐ろしいことも忘れぬこと、
貧すれば鈍する者であってはいけない、
そのためにも、送金のときの連絡には疎漏のないようにすること、
なんといっても生命を大事に考える」




こころが貧乏なひとが増殖している時代に、
この言葉は、こだまさせたい。

メグも、チビッコのとき、こう言われていた

どんな状況になろうと、貧すれば鈍する人間にだけは、なってはいけない。と。


イントゥ・ザ・ワイルド も、荒野へも、サハラに死すも、
デイトレーダーの書評が、ありありだが。
その時点で、なんだか、違っていると、思ったり。

本質を、ライフにしてない冒険家は、いっぱいおるのでござんす自己正当化。










饐えて錆びたオンボロのストリートに
ボロボロのひとたちの笑い声が光になる


段ボールを上手に工作して檻をつくって
オトコふたり、ダブルベッドなら切ないけど
豪勢なツインベッドで、ここは旅館


光と闇と、生活を合わして
縄文人ライフをすごす青カンよ


きみらの笑顔に、生命のたくましさを知る
易きに流れたきみらの住まいに
人間の弱さを、知る















カテゴリ:宙空破天レイヴ | 01:56 | comments(0) | - | -
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