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憧れアカデミー因数分解


『つみきのいえ』
の全編をゲット。



消されるかもしれないけど。

「おくりび」が、わざわざ受賞したとか
「つみきのいえ」が、わざわざ受賞した、という
数種から、<一>を選ぶための、<比較>に
ああ、そうか〜、と思う。

ユーモア作品が、多くて、ただ単に感動させたり、
ひとの喜怒哀楽を刺激する作品が、多くなっている(=それがお金になるから
=感動を求めるひとが多いから=日常で感動が少ないから)なんだけど

おおきい世界の「いま」の大衆の感受ってものを知るのに
学びおおい、この時代のチョイスの仕方。

日本でも、「深イイ話」とかが、番組化されていて
なんだか、軽すぎて、アホらしいし、生きている感度も感じれないから
とりあえず、自分の身の回りで、日記に書けるような日常をすごそ。
と、している、あまりに平凡な生き方をしている
スパーク爆裂を畏れている人の、においが、マス、なんだと、認識する。


真の共感ではない
憧れ。



それが、価値を帯びてきている時代なんだ・・・・ね。

埴谷雄高が、みたら、言うかもしれない

量的問題が片づいたら、その量的問題を資本主義が片づけたら
その時こそ、質、の、永遠の問題が出てくる。
それは、やはり意識の問題であって、にんげんは、量的問題が片づいたら
それでいい!ってわけには、いかない。
それでも、満足することが、できない。
哲学が、具体的な生活に侵入していく。
それを、きちっと、見定めるのが、ぼくらの役目でしょう。




岡本太郎は、言うかもしれない

自分から出た瞬間に、作品はすでに他者
それはぼくにとって、もはや道ばたの石ころと
何も変わらない









哲学が分解されて詩になり
そして、詩が分解されて、ビジネスになる

真理なんて、どこにもないし
信じることも、ないのに
ひとは、つながることに必死になり
ことばとことばの交わされる
その、あいまのほうが、とんでもない時空であることを
ふいに、忘れている
ぼくらの時代

軽々と、合理し、開き直り、苦しみの悦楽から逃げ
ただ、ひとつの答えを求めようとする
あまりにも、退廃する精神

さかなたちも、それが、イヤになって死んでいくし
森も、もう、にんげんに付き合ってられないから枯れるし

ぼくも、
愛で、肌を紅潮させながら
ぼくの神経を自滅させる

そんなタイミングかもね





カテゴリ:彩色零溢レイヴ | 01:33 | comments(0) | - | -
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