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メルヘンな死に様☆風船おじさん

 
本日は、プチ☆メイちゃんと愉快な仲間たちの会。

Tくんは、メグが京都時代に「メグ屋」というサンドイッチ屋さん(段ボールに手作りサンドイッチを
入れて芸大で売っていた(注:メグは芸大出身ではない。京都の大学でキノコ研究をしていました)
ときに、ナンパしてきた彫刻家で金箔師でオタクで、、、、いまは通販仕掛けオタクをしている。

京都で個展を一緒にやったこともあったけど、メグが京都から離れてからも
文通していたり(当時は携帯がなかった)。
んま、携帯があるこの時代でも、メグはお手紙侍なのですが。

いつだっただろうか、、、、彼からのお手紙のなかにハート形に切った写真が入っており
そのハート形の写真に、桜貝のような薄いピンク色した美しい抽象的な”何か” が映っていた。
なんだろ。これ。
と、手紙だったか、写真の裏だったかに、書いてあったのは
「ぼくの大切なものを、メグちゃんにみてほしい」とあって、、、、、、

うぬ。
うーーーーーーーーーん。

うご!!!!!!




そこに映っていた桜貝のような薄いピンク色した

美しい抽象的な”何か”とは

彼のイチモツであったのだ。男の魚肉ソーセージ。、、、、


そして、エログロが、とてつもなく苦手なメグは、3日3晩、吐き気と鬱になった。、、、、ので
その強烈な思い出は、健忘症な今でも、心に刻まれており。

そんな彼も、いまは売れっ子ですわ。プロです。かなり極めている。
そして、この上記の昔話は、メグはここ数年は彼の仕事を阻害する可能性があるので
タブーにしとる。笑

そして、今日は、もう一人の、Pさんとテクテクと帰り道が一緒なので帰宅していました。
Pさんも、すばらしい人です。
脳味噌のなかにアイデアが、いつもムクムク湧いている。

そんなPさんとおしゃべりしていて、メグが知らなかった

風船おじさん について、とりあげよう。




メグは知らなかった。ドリャーおじさんは、知っていたけど。(←ドリャーおじさんリンク)

風船おじさん=鈴木 嘉和(すずき よしかず、1940年- 1992年?)
???てのが、ええよね。 
生きているのか死んでいるのか、わからないのは、ある意味すばらしい。

1992年に多摩川から九十九里浜を目指しヘリウム風船で飛び立ち
民家につっこんでしまったり
その年には「ファンタジー号」で太平洋横断を目指したが、2日後ぐらいに消息不明。



色彩的に、うつくしい。。。。その後、行方不明だが。。。。

そして、ブラジルにも、いたよ、
行方不明の風船おじさんが。

2008年の4月に、ブラジルのローマカトリック教会の神父さん(42才)が
ヘリウムを詰めた風船による世界記録を目指し飛び立った!
そして、そのまま、行方不明。。。

彼の、ヘリウム風船飛行機





ファンタジーや。
絵本から飛び出した現実、日常、夢。


かっちょええ!!!!











この手に、たまゆらの祝宴のさかづきを
めぐるめく、満月のこのつきの夜に
なみをうって、悦ぶときに

鳥よ、虫よ
なみ、で、濡らせよ

世は、さかりをすぎ
理性と、情感と、幻想の
うつくしいリアルを
あまりにも華やかで、どこまでも孤独に
この艶めかしく、いじらしい勝気に

家畜よ、畜生よ
我ら、吠えて、魅せよ

ひかりの、消え失せるまで






カテゴリ:狂人礼賛レイヴ | 03:08 | comments(0) | - | -
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