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世界一男前の釈迦を描いた河鍋暁齊の幽霊図たちもイケてるのよん。


最も男前な釈迦如来!といえば、河鍋暁齊(かわなべきょうさい)のコレだろ。



河鍋暁齊については前にも書いたんだけど(←2007年7月の記事リンク)

河鍋暁齊は、メグの大好きな絵描きの一人で、なんでかというと
狂いの世界にいたからです。ニシシ
むろん、すんばらしい技量をもった絵描きさんで、
中世以降の日本絵画史を一人で集大成した!!!と云われるほどの巨匠。

ちびっこのころからヘンテコなところがあり、神田川が大水で出水したとき、
生首を拾ってきて懸命に写生したりと、魂はスパークしておったのだ。

そんな自分のことをよくわかっていたからだろう、

最初は名前を「暁斎」ではなく「狂斎」と名乗っていた
が、酒豪でもあった彼は、酒でお痛したんだろうか、暁斎とする。
まじめになろうと、心機一転!?

切ないことに、三回、女房をもうけたんだけど、皆、先立ってしまっている。なーむー。

で、幽霊図をあれこれと見ていたら、河鍋暁齊のかっちょええ幽霊図があったので、ご紹介!


「うたた寝の幽霊」

酔っぱらって悪業をした男に、うらみつらみのある女がでてきたかっ!?
卓越した筆の流れだ!!!



「幽霊図」

生首をくわえた幽霊。薄い三日月が映える。。。。今夜は三日月。



「美女の袖をひく骸骨たち」

ナンパ師と化した骸骨くん。おどろおどろしさはナッシング。
ごっつい女好きの男骸骨くんなんだろうね。
着物の裾から覗きこむなよ!












軽く脳液にふれるBGMの日常
にあり、創るということは口琴のように
脳髄を振動させ、ぼくらを健忘症にさせる

春なら、まほろばへ
夏なら、炭酸ソーダの青へ
秋なら、天空へ
冬なら、親しい人たちへ

うしろから突き動かす季節の不思議さとはなんだろう
もう、創られたもとのなかで誕生した
ふるえるカラダを、どうすることもできない



本日のBGM
Outrageous Cherry - Lord Have Mercy On Me






カテゴリ:彩色零溢レイヴ | 20:44 | comments(0) | - | -
女幽霊が多いニッポンのわけと、なんだかエロい月岡芳利の「幽霊図」

 
お岩さんに、お菊さん。
幽霊といえば、女のお化け、が思い出される。

江戸時代になると幽霊の7割が女性!    その前は、、、というと、

・・・
幽霊が人の姿として出現したときにおいては、室町時代以前には男の姿が多い。
が、応仁の乱後からは女の姿が多くなって、男の姿の約2倍半に及んでいる。
これは、近世には愛恨のため出る幽霊が主として女であるからである。
これ、女性が男性よりも執着心が強いからだろう
(「日本妖怪変化史・江馬務)
・・・
と、ある。また、興味深いのは、またもや仏教の教えが関係している。
仏教の影響により、悪さをしなかった幽霊が怨霊化。。。のリンク


おまけ:気になる、斧で彫った一木造りの、大日如来坐像




『浄心誠観法』(唐・道宣)には、女性が十の悪業を持つと記され、それを受容した
日本の仏教では

女性は嫉妬深く、物を偽り、身体が不浄で、欲心が盛ん!

と説かれちゃう。。。
欲深く、執着心が強いから、この世に未練を残す=幽霊化というわけだ。

また、出産による死、という女性独自の死に方の観点もある。
出産で死んだ女性は必ず血の池地獄に堕ちる。
出産しないまま死んだ妊婦は幽霊になる。
と、考えられていたのだ。

ちなみに、西洋では、子どもの幽霊がダントツ多いとのこと

19世紀後半、幽霊になったと近親者が信じた人物について調べると、
洗礼を受ける前に死んだ子どもが全体の3分の1を占めたのだと。
死んだ罪なき幼児の霊が、恐怖や厄災をまきちらす悪霊になる!というのは
ローマ時代からあったとあるが、その起源も、知りたいところですなー。


むっちゃレアな珍品幽霊を発見したので、のっけます。

月岡芳利「幽霊図」



幕末から明治にかけての動乱期に活躍した浮世絵師・月岡芳利。

顔や脇に陰部が付いてますやん!

な、女幽霊は、初めて見たでござる。。。。春画?笑









ひゅらりひょんの、混濁する全体性
思いこむことが、できたら、もっとラクチンになれるだろう
この先も知らないのに、過去の自信をお膳にのせても
あっちまでもっていくことはできない
いつもが、いつも、今なのは
ぼくらの許しと祈りのかたちで
だからこそ、全身全霊で、自分を超える世界まで
熱狂的に、やらないといけないことがもりだくさん
いま、やらなきゃならないことは
鷹が、一匹の餌を狙い、急降下するように

次なるものへの食指を、嘗める








カテゴリ:彩色零溢レイヴ | 18:54 | comments(0) | - | -
意味深な、「北京2008」という油絵

 

おもわず「へーーーー」と、うなってしまう絵の解説があったので、のっけまする。





正面下、背中に刺青を入れたアジア系の女性が中国。
絵の左、熱心にまじめに打っているのが日本。
上着を着て横を向いているのがアメリカ。
寝転がってみだらな状態なのが、ロシア。
隣で立っている小さな女の子が、台湾。

これは「北京2008」という油絵だ。
最近、欧米やインターネット空間で、筆者が用いた顔料の千倍以上もの量の唾が
飛び交うような議論を巻き起こした。
画家は劉湓と言い、カナダ在住の中国人だ。
興味深いのはこの絵のタイトルは北京2008であり、
描かれているのは麻雀を打つ4人の女性だが、
実は背後に様々な意図が隠された意味深な絵なのである。

中国(正面下の女性)は場の「東」を鳴いている。これには二つの意味が含まれている。
一つ目に、中国が「東風」の力を借りて再び巻き返そうとしているということ。
二つ目に、「東風(という)ミサイル」は中国がすでに場に出した有力な武器だということ。
中国の形勢は端から見れば悪くはないが、他の牌がどうなのかは分からない。
そしてその女性は卓の下で小細工を働かせている。

アメリカは胸中に勝算を秘めているような様子で、台湾の方を見て、意味深な表情をしている。
一方で台湾の表情から何かを汲み取ろうと必死になっており、
また一方で視線で台湾に何らかの暗示もしている。

ロシアはもうどうにでもなれというような表情でいるが、実はそうではない。
右足を通じてアメリカとグルになり、また一方で中国に牌を渡している。
ここから、この二カ国は裏で互いに利益を交換しているともとれる。

日本人はただひたすらに自分の牌を見ている。
他の人が何をしているのかを全く知らない。
ただ、自らの牌を打つ事だけに気を留めている。

台湾は中華文明の真の継承者を意図した赤い腹かけ(肚兜)を身に纏っている。
台湾は片手に果物を、もう一方に果物ナイフを持ち、
陰険で憤りを含ませた表情で中国をじっと見ている。
しかしどうしようもない。麻雀に入ることはできないし、最後に誰が勝利しようと、
台湾はただ勝者に果物を切ってあげることしかできない。

窓の外の河や薄黒い雲は濃く、両岸(中国―台湾間)情勢の危機、
一触即発の様相を暗示している。
とても興味深いのは壁の肖像画で、孫文の髭、蒋介石の禿げた頭、
そして毛沢東のいで立ちを拵えている。

四人の女性の服装についてみてみよう。
中国の上半身は裸で、下半身はスカートとショーツをはいている。
アメリカはレースのマントと下着を着ているが、下半身は裸である。
ロシアはショーツしか残っておらず、
日本はすでに何も残っていない。
つまりこれらは各国の情勢を克明に浮かび上がらせている。

アメリカが着ている衣服は端から見れば最も整っており、実力も最も強大である。
その他はいずれも体を隠すこともできないものもある。
しかしアメリカの容貌は光にあふれているように見えるが、
しかし実際のところすでに自らのボロを見せている。
そして中国とロシアは確かに容貌は裸ではあるが、
重要なのは二者の陰部が隠れきれているところである。

仮にこの局を脱衣麻雀だとしよう。誰が誰に負けて脱がされたのか。
一局目が打たれ、中国が負ける。そして現在のロシアの状態までになる。
(ソ連解体と状況は似ている)
アメリカが負け、そしてロシアの状態にまで堕ちる、
ロシアが再び負け、今度は徹底的に何もない状態まで堕ちる。
そして日本は、実はすでに何もない状態に。
ロシアは公正に牌を打っているように見せかけて、実はロシアは中国と牌を交換している、
真面目に打っているのは日本。というのもすでに何もなく、
一度負ければすぐに席を立たなければならないからだ。

つまりまとめると、アメリカは最も猫かぶっていて、最も色鮮やかに輝いているように見えるが、
実は危機はそこまで小さくなく、もしこの一局に敗れれば、
たちまち「親」の地位を失うことになる。
ロシアは双方と裏で手と足を引いており、最も陰険狡猾、状況は解放後の中国に似ており、
ソ連やアメリカのような状態に傾く可能性がある。
と言うのも自らに力が凝集されておらず、双方がどうなるかによって
自らの生存と発展を求めている。

中国の牌の多くは見ることができず、これは中国が多くの実力を隠していることを
説明しているのだろうか?
しかも卓の下ではロシアと牌を交換しており、またアメリカ人は台湾の表情で中国と
ロシアが何をしているのかを推測することしかできない。
日本はすでに何も残っておらず、ただ自らの牌を打ち続けることに必死である。

台湾は冷静に状況を見ており、卓の上の4人が何をしているかをすべて把握している、
心情は明らかだが麻雀を打つ資格も能力もなく、また話す権利も存在せず、
不満を抱いても何にもならない、ただ女性らしくおとなしくし、勝利者に果物を献上する他ない。

勝利者はおそらく中国かアメリカの間に生まれるだろう。
この懸念は大きくはない。
しかしはっきりしているのは、アメリカの力がたとえ強くとも、
4人が遊んでいるのは中国の麻雀であり、ポーカーではない。
中国人の決まりに従ってゲームを行う。
アメリカ人に勝算は果たしてあるのか?









一点の起点と
なだらかな夢の、終点

かつての残像
うすらわかい内部が
もりもりえりあがり、話をしてく
枯れた浅さと、遺言のような音域

ほんとうに、ぼくらは、喰われる魂よりkも
ぼくの魂を喰っているのか
そして、

腰をふって聖なるほうがくに
とけていく愚者もいる






カテゴリ:彩色零溢レイヴ | 20:43 | comments(0) | - | -
底まで知らずに、ポップカルチャー。

 
最近、流行っているポップアートが、しかも世界で。
たくさん、見たんだが、興味をひく絵が少なすぎて、
その少なすぎるものなかで、アップする。


面白くなくって、しょうがない。





デジタル社会と、単一化しまくり、色も失せているが
情報ばかりが、世の中を、席巻しているの図か。




たぶん、イイたいことって、○の★やろ。
オールおーっけいベイベーで、もっと、ダイブもできひん。
コンセプト「いろいろ」ぐらいか。




サブカル好きなんだろうな。
安易すぎる世に、ムチを打とうとするなら、寝るなよ。だ。


おもろいアーティストとして紹介された人たちのなかでも
精査したのだが、まったく、バッハの音と、まぐわない。


つまりは、底が、ない。




コラージュのほうが、まだ、おもろいんちゃうけ。
















ことばにできないことを、土臭い
ことばにしようとする

多元も、あふれすぎて
ぼくは、きみを抱いたまま、いつも静かで

それらは、非常識かもしれないけど
太古、ぼくらは、そのようで

よくしゃべる男が、両韻で、しゃべってくるから
ぼくは、だれがだれかもわからなくなる




頭がいい、変態は、大好物。
変態とは、頭がいい以上に、感性が、すこぶる響く。



ってことで、不可思議麻薬な、昔のハニーに、電話でもするべか。


勇気!行動!未知!





カテゴリ:彩色零溢レイヴ | 11:47 | comments(0) | - | -
極寒のノルウェーでの生命の根源的光。ムンクの、《太陽》。


ムンクの作品の中には、同じ題材の連作やバリエーションがいろいろとあったりする。

 
ムンクといえば、《叫び》。
ちと病んでいるように思えるムンクだけれども、81歳まで生きた。
第二次世界大戦中に、亡くなったのだけど
《叫び》は、ムンクが、30才のときの作品。



連作《生命のフリーズ》22点のシリーズ画のひとつ。

生の不安を描いている。
この叫びは、人が叫んでいるんではなくて、周りが叫んでいるので
両耳を手でふさいで、苦痛に耐えているのだ


学識者を輩出したインテリ家系かつ、神経過敏傾向の家系意に生まれたムンクは
ちびっ子のころから日常的に「死」「病」につぶされそうになり、
心を落ち着けるために、絵を描いていたという。
表現者にありがちだ。

創ることが、生命の癒しになる。

そして、感受がでかければでかいほど(ごっついしんどいけど)
作品の翼も深くなり、また広がる。

ムンクの《マドンナ》



胎児と子宮と女。この作品もバリエーションがある。

さてて。ムンクの作品の中で、「個」の存在のもっと根源であるもの。
死や、苦しみ、苦痛や、悲しみ、病。。。。愛別離苦の根源である

「在」 だ。

という作品が、《the Sun   太陽》です。
この作品、めっちゃ、いいのだ。

1909年作というから、46歳ぐらいの作品かな。。。。
オスロ大学の講堂用の壁画として制作された中の一作で、
全部で11枚からなる壁画群の中心となる作品。



どっちかが習作のはず。

極寒の地、ノルウェー。氷点下のぶるぶる震える気候の地で
太陽は、神であり、生命のはじまりそのものとして
温暖な地に生まれた者よりも、とてつもなく痛感することだろう。

苦しみも、悲しみも、死も

すべては、生から、始まり、終わる。


しっかし、この《太陽》。
当初は、裸の男女の群れが太陽を求めて集まっている−という構図だった。
まるで、宗教や。もっと、光を!
もしくは、在る(存在する)ことにより、光に、エネルギーに、生命に
執着している、もう生まれでたのちの、人間。

のを
大学側に、ノン!といわれて、この作品におちついたのだとか。。。。



メグ詩はやめて、ムンク詩でも。

    
・・・・・・・・・・・ ムンクの「叫び」の詩 ・・・・・・・・・・・・・

I was out walking with two friends
The sun began to set
suddenly the sky turned blood red

I paused , feeling exhausted, and
leaned on'the fence

There was blood and tongues of fire
above the blue
black fjord and the city

My friends walked on, and I stood there
trembling with anxiety
and I sensed an endless SCREAM passing
through nature.



 Edvard Munch


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

カテゴリ:彩色零溢レイヴ | 12:05 | comments(0) | - | -
とりもどせぬ発光・見えざる発光・次なる発光


なにもとはいわないけど、ジプシーライフをやらないと、自分自身に説得力がないから
いろいろ旅しないとあかん、と、思っているけど、なかなかできてな
ってか、今年、日本から出てないで。。。。凹み

メグの今、刹那の、不本意ながら両親に会える近さにいるが
地理的に福岡にいるまでの自分で考えると
ドラポッケがあれば、行きたいことなんて、いっぱいだ。
日本で、眼差しを、でかくできることなんて、星だけど
自然が、つくったものを、もっと、目の当たりにしたい。
グランドキャニオンを、国道を走りながら右で、みつつ、通り過ぎ〜の、とかね。


メグの大好物の旦那の元ハニーと、米国ランナウェイしていて
ハニーともども事故にあったことも、
今更ききたいな。

今更って、メグの、風情として、よろしい。
今更のにおいがあるものと、そうでないものって、
脳裏、鼻空の、感じ方の違いあるし、


201112191950000.jpg」」

むしむしのように、ひとは、ひかりにあつまり





ああ、だけでいい。心象強度。

てことで、


おはようさん。思考がのこぎりのように、ぎざぎざだ。
そこれが、なめらかになることを望みつつ、
なめらかになった時点で、imagination、は失われるのかも。
そのとき、自分のことばかりの、個人主義になるのかも
もしくは、軽々とした、中学生のときに貼っているポスターみたいな
惚れとか。

うごご。



201112191949000.jpg


象徴に、対峙せず、ぬるいほうへ、
いきては、


まだ、まだ、見えない最悪のところ






今年を象徴する漢字として「絆」が、怠慢な京都の
財団法人 日本漢字能力検定協会 が(かな〜り、うさんくさい沿革・内部だけど)
で、これ!と、された。

メグは、思うのだ。
「絆」って、依存ではない。「絆」って、とっても、深いことであって
軽々しく言うことでもなく
ほんとうに、ダチとか、友とか、同列に扱われない「絆」というものは
抽象概念で済まされているけど、本来ならば、済まされてはいけない漢字に、思う。

メグが、絆と、思えるのは、血潮だけだし。

血をもって、分かつことができる、というのが、「絆」だ。

絆って、強烈な深泥を、もっている。


んま、「絆」ビジネスは、数年前からマーケティング的に使われているし
それをわかったうえで、仕掛けていること多々だけど
大切な深度とか真意は、やっぱ、大切にしたいから
お金のために、その言葉は、使いたくないなぁ。と、思ったり、うげげ。だな。






あんなに怖かった日も、どこかへいく
あんなにもうれしかったので、あの日はこわかった
声をあげて走り回り
世界は家とイコールなぐらい小さくて
世界は宇宙とイコールなぐらいすべてだった

大きくなったら背中に羽がはえて鳥になれること
ポケットをたたけばビスケットがだすマジシャンになること
大好きなひとは、みんな大好きの輪でつながること

考えれば考えるほどの大人の疑問にひたされて
じぶんが怖く感じることはなくなって
替わりに、社会が怖くなっていくのだ
みずからの皮膚を離れ

真実も、事実も、いま鳥のまなざし

















カテゴリ:彩色零溢レイヴ | 09:17 | comments(0) | - | -
水色空より蒼い空を、そしてオーロラ。可能になりたい宇宙居眠り。

 
短編映画集のような夢のおかげさまで、眠りが浅く、午後から超ネム状態だった。
加えて、雲ひとつない青空!!!!
最強!
あまりの気持ちよさに、まどろんでしまう。

201110261605000.jpg
ビルの5階のオフィスからパチリ

この青色を見ると、NHK教育テレビのその日のエンディング国旗君が代の水色が
絶対ちゃうやん!!!!! と、いつも思うのである。
(前にも同じようなことを書いたが・・・・・)



そして、水色の空ではなくて、蒼色の空が恋しい。
いつか、どこかの国で、蒼色の空を見たいんだ!


インドのリゾンゴンパの蒼い空



そして、オーロラを見るときには、イッてまうので、逝ってまうと
昔から、思うております。


宇宙から地球を見ながら、居眠りもしてみたいっ。



地球で、こんだけ雷が多発しているんだったら、

雷発電とか、できないんだろか????



今日こそは、ヘンテコな夢を見ることなく、爆睡したいなー。






炭酸ソーダからはじけた気泡が空になる
まれびとがやってくる海のエメラルドグリーン
あいつの刺青のブルー
うぶすなの記憶に眠る蒼になる

きみをおどろかしたびっくりも
しゃっくりも
少女の桃色吐息に、おじさんの青色吐息も
くちびるからでるものは、みんな空になる

容赦ない戦いの日々な、ゆるい幸の日々
みんな、息であって、空になる
言葉の抑圧もいらぬ、無言の、ぜんぶ




















カテゴリ:彩色零溢レイヴ | 02:44 | comments(0) | - | -
方便も、理屈も屁理屈もわかったうえでの正直レイヴ。

 
完敗の連続で、涙は、飴玉になりますように。

それでも、結局は。
それでも、要するに。

そうして、結論づけるように。

大般涅槃教 をNHKでやっていた。
久々の、方便まみれな、法華経の従兄弟な、大般涅槃教。


仏性とは、方便では、わからぬ。
意味でも、わからぬ。
言葉では、わからぬ。
仏性は、八生道を通して、わかる。
ってのも、かなりの、方便やとも、思いつつ。

虚無に関しての言述には、納得するけど。矛盾あるな。やっぱり。
だから、どの宗教というものにも、納得できないのか
な、大学生の、春夏秋冬。



正見
 自己中心的な見方や、偏見をせず前記の如く中道の見方をすること。

正思
 自己本位に偏らず真理に照らし物事を考える事。例えば貧欲(自分だけの為に貪る心)・
瞋恚(自分の意に添わないと怒る心)・愚痴(不平・不満などの邪心で小我を通すよこしまな心)
という「意の三悪」を捨て去り物事を考えること。

正語
 恒に真理に合った言葉使いをする事。社会生活の上で慎まなければならない事で
妄語(嘘)・両舌(都合や立場で使う二枚舌)・悪口(破壊的な悪口)・
綺語(口から出任せのいいかげんな言葉)という「口の四悪」を行わないということ。

正行
 本能に任せるままの生活ではなく、仏の戒めにかなった正しい行いをすること。
仏が戒めたのは殺生(意味なく、或は楽しみの為に生き物の生命を絶つ事)・
偸盗(ちゅうとう)・邪淫(道ならぬ色情関係)という「身の三悪」です。

正命
 衣食住その他の生活財を正しく求める事。人の迷惑になる仕事や、
世の中の為にならない職業によって生計を立ててはいけないこと。

正精進
 自分に与えられた使命や目指す目的に対して、正しく励み、怠りや脇道にそれたりしない事で、
とらわれ過ぎたり偏った精進はかえって逆効果になる場合があります。

正念
 仏と同じような正しい(真理に合った)心を持ち、小我(自己本位)による分別をせず、
ものごとの真実の実相を見極め、心を恒に真理の方向へ向けること。

正定
 心の状態が真理に照らし正しい状態に定まる事。
腹決めされた決心が外的要因や変化に迷わされないということ。




仏教も、感慨深いし、その前にある「信仰」に関して、ずっと、味わい
ダイブしているけど


そこでも、語っているように
虚無 は、意味でもなく、脳みそでもなく、脳内レイヴでもなく

どうしようもなく、まぶたを閉じたマツゲが
とんでもなく、燃える、火災のようでもあり。








もう、感情も必要もなくて
ながいながい時間を消費するだけの屁理屈も
左の靴がすりへっている瞬間の論文もいらない

とっても、気持ちを、卵がぬくもりかえるぐらいまで待って
じょじょに、じょじょに、
ぼくらのチクタクは、みんなより、とっても遅くてつまづいているし
追いつくこともできないけど

失っても、息をしていることが嬉しい
遠くとおくでも、生きていることは嬉しい
見えなくても、わかる、あなたの息づかい

やすきに、ながれているだろうとか
もう、それも、小川みたいに正当化しているだろうとか

ぼくは、か細いけど
いつでも、ここに、根をはるしかない








カテゴリ:彩色零溢レイヴ | 04:48 | comments(0) | - | -
電波代金と肉体労働と気にしない事件のような日々。

 
まじで、ドコモを解約しないとな!!!


と、思った、今日きた請求書。。。。。
いつも(1万円台)の2倍強きた。。。。
田舎で仕事をすることもあるので、電波力でドコモを続けてきて、もう10余年。

むかし、パソコンの無線通信で、7万円台を払ったことがあるが
今となっては、考えられないよねぇ。ブヒー。
あと、海外のダチと一般電話でしゃべって、3万円台ってのもあったけど。

ということで、前からオフィスの横のビックカメラで
イーモバイルの説明は、聞いておるのであった。
海外で仕事してる兄弟分も、イーモバイルやしなぁ。

でも、ケータイなくっても、パソコンあるし、いいんちゃうか!?だよね。


ほうき屋さん ・・・・・いったい何キロのもんを積んでおるねん!
そして、それに耐えられる荷車が、すんばらしい。




ゆうびん屋さん ・・・飛脚屋さん。
刺青の図柄に、興味ありありなメグとしては、拡大して、
見てみたいんだけどっ。



このような時代には、当たり前に、「電波」はなくって、
肉体労働=お仕事。

今よりも、事件事故が多くて、それだけ濃く物語りは刻まれて
だからこそ、たわいない出来事を、事件化はしない。



幾多の感情が瞬間

肉からあふれていく豊かな心象ライフだな。









雨に濡れたハスの香りにぐしゃぐしゃになって
土も草もぐしゃぐしゃで
みずみずしい驚きともみくちゃ

雨の降った日は、ぼくではない万物と
こんがりあったまま、あっちへころげあがる

ぼくらの死者を弔ったあとは
お金なんていらない
三途の川でさえ無賃乗車だ

はねている。水が。

面倒をかけるのもよろしくって
罵倒するのも愛することも
ぜんぶがぜんぶ、生命の水に流されていくだけだ

三途の川から、この世を振り返りませんように
つながりあい、札をながいれ
みあい、ふりかえるべき甘皮のひとたちと







カテゴリ:彩色零溢レイヴ | 00:38 | comments(0) | - | -
野蛮な、死斑。職業病の、脳内癖。ひもじき脳裏。熱砂にやられている日常脳。


元ネタとは、違うんだけど。

「これは、何色???」

と、聞かれて、








「透明!」 って、答えるのは、デザイナーさんの職業病。
フォトショップで表現される透明が、この色柄だから。


気づいている部分と、気づいてない部分である職業病ってあって
しかも、自分では意識してないけど、バレている職業病ってある。
これで、わかりやすいのは、ブローカーと、不動産屋と、IT屋。

独特の、においを、発している。

服を売っている女子も、そうかもなぁ。
どっちにしろ、自己脳内と、他者からの判断(客観的な意見ではない、におい)に
気づいてないか、もしくは、気づいているけど、どうでもええか。。。か。どっちかかな。

長いこと、癖になるように、自分のお仕事をしていると
確かに、無意識的に、癖づいていることってあるよなー、って思った。

例えば、秀悦なデザイナーのよっちゃん曰く

珈琲こぼしたときに、コマンドZ を、脳内でやっているとか。
(コマンドZ=erase=消す)

メグの場合は、ひとが喋っている言語の奥底にある無意識。
つまりは、言語として、口から出るまでの無意識・意識の、プロセスを
言葉として、感じてしまう。

やっかいなんだわい。

とっても、わかりやすくいうと、知識にしろ、好奇心にしろ、エネルギーにしろ
食べ物も、どっちゃにしろ、


入って、消化して、出る。


という、シンプルな構造で、一番、感情がめんどくさいことになっているのは
「消化」で、「納得できない」という、腹の問題。
丹田とか、よく言うが、そこいらへん。

空(環境)から入り、脳内で認識し、心で感じ、

腹で判断し、四肢で動く。


別に、生理的に普通で。そこに、宗教的屁理屈も、いらん。
たいがいの、もんは、屁理屈こいているんだが
「おまえ、屁理屈ヤンけ!」と、突っ込んでくれる賢い人がおらんよな。
日常的にも。


屁理屈を、こくのって、もう、この理系理屈公式上位な日本では、さらに、そうだ。
やられる。
原発の、ベクレルの基準値って、何なの?
格納容器や圧力容器の脆弱性の、耐性の基準もわからん。



いま、日本でいちばん、アホなネタにもなりやすいし重要でもあるのは
「腹」のことなんだ。

消化するには、自分だけでは、できひん。
消化とは、他者のとっても、多い見知らぬ人も含めたうえでの
いわば、酵素なり細菌なりの、お力がありの、消化で。


その消化力の要素を、短い時空間や、小さい島国で
ってのは、全くもって、面白くない。
そんなことは、知的好奇心と、自分という死に行く絶対性を、ちゃんと認識して
生きていれば、

基準なんて、そもそもないけれども
基準という、言語そのものが、「過去」に、起立しているって
思うと、思ったり。





おもろい、ちぐはぐだけど、ちいさな
道管があるの、ブログ。








歴史の主体は、どうしようもない、ぼくらの感情
ひもじいし、はらへるし、たのしいことってあるんかな?

いつも、ぼくらは、ギリギリで
ケダモノのように、なんでも喰った
自分の子供でさえ、喰ってきた

たくさんを、殺して、そのことで、生きて
やっと、ここまで、きたのでござんす

警察に捕まることも、首きり刑のこともすべてやってきた
いま、生きていることに刻まれる
野蛮な、死斑

人体生命不信当然
消息不明な時代に、自分が、確かに直立していることを
炭酸ソーダの沫みたく、確実であらねばならないし
とっても、切迫しているし

そう、もう、はじまりすぎている
ページはめくられているのに、
なんで、きみは、めくろうとも、しないのか

なにが、怖いのか
なにを、恐れつづけ、でも、笑っているのか



























メグは、かなり後者なんだけど。ぶひ。



カテゴリ:彩色零溢レイヴ | 02:01 | comments(0) | - | -
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